4.エスティアの初陣

「は、初めまして! エスティアと言います。よろしくお願いします!!」


 翌朝、エスティアはレインに言われた通りに、彼の拠点ホームに来て皆に挨拶をした。

 ここに入る前、エスティアはそのレインの拠点ホームの大きさに心底驚いた。力のあるパーティは一般に大きな屋敷などを借りそこを拠点として皆で一緒に暮らすのだが、レインのそれは貴族の屋敷と何ら遜色のないほど立派なものであった。



「みんな、彼女がエスティアだ。よろしく」


 緊張するエスティアの横に立ち皆にレインが紹介する。ローランが言った。



「私はローラン。魔導士よ、よろしくね」


 そして恥ずかしそうな顔をしてマルクが言う。



「ぼ、僕はマルクです……、クルセイダーです。よろしく、エスティア……」


 下を向いてマルクは顔を赤くする。そのマルクの隣に立つおさげ髪の可愛い少女が笑顔で言う。



「私はティティよ。ここの家事なんかをやってるの。よろしくね、エスティアちゃん!」


 皆の挨拶が終わった後に、レインが笑顔で言う。



「昨日も少し話したが、ローランとマルクのふたりは上級冒険者。こう見えてもとても頼りになるんだ。ティティには運営や家事もお願いしている。あ、あと、今日からはここで一緒に暮らすことになるが大丈夫かな。部屋は後で案内するよ」


 背が高く笑顔がまぶしいレインがエスティアに向かって話す。ちょっとだけその顔見てどきっとしたエスティアが頭を下げて言う。


「よ、宜しくお願いします」


 エスティアは改めて皆に挨拶をした。そのすぐ後に受付の方から大きな声が響いた。




「レイン様ぁ!! レイン様ぁ、いらっしゃいますか!!!」


「……はあ、またか」


 その声を聞いたレインが溜息をつきながら首を振る。そしてエスティア達がいる部屋までやって来ると大きな声で言った。



「レイン様、どうして、どうしてわたくしが不合格なんでしょうか!? 納得いきません!!」


 レインが答える。


「納得いかないと言っても、そう決まったんだ。理解してくれ、リリアーヌ」


 リリアーヌと呼ばれた女性が顔を赤くする。

 美しい金色の長髪、足が長く胸も大きいスタイル抜群の女性。身なりもどこかの貴族令嬢のような上品なもの。

 そのリリアーヌがレインと一緒に居たエスティアを見て怒りながら言う。



「こ、この女ですわね!! 私の代わりに合格したというのは!!」


「え、ええ、その何と言うか……」


 突然の事態に戸惑うエスティア。リリアーヌが早口でまくし立てる。



「あ、あなたの様なウマ女に何ができて? 少しは戦えるのかしら? 私は魔導士の認定を受けていますわよ! あなたはスタイルだって普通だし、顔だってそこらにいる町女と同等。いや、それ以下でしょう! 家柄は? わたしくは国王の縁戚に当たるヴァンパリス家の令嬢でありますよ!! あなたが何者か存じませんが、全てでわたくしを下回ってますの!! 分かります? 分かるなら辞退しなさい!! レイン様と一緒に居るのはこのわたくしなんです!!!」



「リリアーヌっ!!!!」


 目立たないようにしようと心に決めていたエスティアだが、流石に何か言い返そうと思った矢先レインが真剣な顔をして怒鳴った。



「レイン様……」


 目を赤くしたリリアーヌがレインを見つめる。レインが言う。



「彼女は私の大切な仲間だ。君が誰であろうと、彼女を侮辱することは私が許さない。リリアーヌ。二度と私の前でそのような暴言を吐くのはやめてくれ」


「レ、レイン様……、そんな、わたくし……」


 叱られたリリアーヌの目から涙がボロボロとこぼれだす。そして目を手で当て声を上げて泣くのを堪えながら屋敷を走り出て行った。



「レインさん……」


 エスティアが隣に立つレインを見上げる。レインは少し困ったような顔をしてエスティアに言った。


「すまなかったな、初日から。名が知れ渡れるほど色んなことが起こる。気分を害してしまいすまない」


「い、いえ、大丈夫ですから」


 エスティアがそう答えると、レインはエスティアの頭を撫でながら屈託のない笑顔で言った。



「そう言ってくれると嬉しいよ、エスティア」


「えっ」


 エスティアは頭を撫でながら不思議と懐かしい感情が沸き上がった。

 暗殺者にとってその対象相手に頭を撫でられるなど言語道断のことなのだが、おかしなことに嫌な気持ちなど微塵も感じなかった。



 ――どうしちゃったの、私……


 気が付くと顔が火照っているのが分かる。エスティアは理解できない感情に戸惑うばかりであった。そこへひとりの男が慌ててやって来た。




「レインさん!! いらっしゃいますか!!!」


「ああ、私はここにいる」


 レインが冷静に答える。今度やって来た男はギルドの制服を着ており、走って来たのか顔には汗が流れている。男が言う。



「ま、街の郊外にワイバーンが数体現れました!! と、討伐をお願いします!!!」


 勇者レインほどの冒険者になるとギルドの依頼は向こうからやって来る。特にこのような緊急性を要する依頼は使いの者が直接依頼にやって来る。そしてレインは優先順を考慮しその都度返事をする。



「分かった。すぐ行く」


 緊急性を考慮しレインが即答する。

 こうしてエスティアは勇者パーティに合流後すぐに初めての戦いへと出ることになった。





(ワ、ワイバーンって、普通に竜じゃん……)


 暗殺者の訓練を受けてきたエスティアであったが、飛行する魔物、しかもワイバーンクラスの強い魔物と戦うことはほとんどない。

 暗殺の対象はほぼ対人。あのような魔物と正面で戦うケースはあまり想定されていない。暗殺者にとって自己防衛を必要とされるケース以外、ほぼ逃げの一手となる。


 しかし今は違う。空を飛んで向かって来るワイバーンを見てレインがエスティアに言う。



「エスティア、君の戦闘力がどのくらいかまだ知らないけど、あれ一匹ぐらいなら行けそうか?」


 少しむっとしたエスティアが答える。


「行きます!」


 驚いた顔をするローランとマルク。マルクが弱々しい声で言う。



「む、無理をしないでね。エスティア」


「うん、大丈夫だよ!」


 返事を返されたマルクの顔が赤くなる。それに気付くことなくエスティアは腰に付けたたナイフを持ってひとり突撃してくるワイバーンに向かっていく。



(ナイフ……)


 レインはその戦闘スタイルをじっと見つめる。ローランもレインの横に来て腕を組んでその様子を見守る。駆けながらエスティアが思う。



(大きさはヒト族の大人の三倍以上。この対人用のナイフじゃ、毒が塗ってあっても倒すには時間が掛かる。攻撃を避け、魔法を絡めつつ少しずつダメージを与えて行くか)


 エスティアはワイバーンの近くまで行くとぴたりと止まり、突撃してくるその魔物を見つめる。



「グゴオオオオ!!!!」


 ビュン!!


 空から一気にエスティアに向かって襲い掛かるワイバーン。それを直前で身をかわしナイフで斬りつけ、そして魔法を唱える。



「火神フレイムの契約により発動せよ! ファイヤあああ!!!」


 ゴオオオオオオ!!!


 エスティアから発せられた火の魔法がワイバーンを包む。それを見たレインが言う。



「ほお、魔法も使えるのか」


「っていうか、あなた、そんなことも知らずに雇ったの?」


 隣にいたローランがレインに言う。少し焦ったレインが答える。



「ま、まあ、少しは知っていたけど……」


(本当に嘘が下手だこと)


 ローランは少し笑って戦うエスティアを見つめる。そして言う。



「動きがまるで暗殺者アサシンみたいよね、あの子」


「……」


 まったく同じ思いで見ていたレインが黙り込む。少し間を置いてから言った。



「どこかで何らかの訓練は受けているようだな。まあ、それはそれで有り難い」


 レインはエスティアを見つめた。




「はあ、はあ、はあ……」


 エスティアは徐々にワイバーンに押されつつあった。並の魔物以上の体力、硬い皮膚、エスティアレベルの魔法じゃあまり効果的なダメージも入らない。



(参ったな、こりゃ。まあ、考えてもみれば勇者パーティに入れば魔物と戦う事なんて当たり前。暗殺しかできないなんて言えないし、……って、えっ?)


 エスティアが少し考え事をしていると、目の前にいたワイバーンの口が開かれ風の刃が放たれた。



「くっ!」


 寸でのところでそれをかわすエスティア。しかし飛び跳ねた先には既にワイバーンがおり鋭い爪を振り上げていた。



(しまった!! やられる!!!)


 エスティアがすぐに防御姿勢を取る。やれると思ったその時だった。




 ザン!! ……ボトッ!


「えっ?」


 目の前にいたワイバーンが突然真っ二つになって倒れて息絶えた。声も上げられずに斬られたワイバーン。その後ろには勇者レインが剣を構えて立っていた。そしてエスティアに近付いて言う。



「怪我はないか?」


「あっ、は、はい……」


 エスティアは未だ状況がよく理解できない。斬られたワイバーン、そして剣を持つ勇者。エスティアはようやく助けられたのだと気付いた。レインが思う。



(もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。 彼女は、この俺が命を懸けて守る!!)


 エスティアは体の力が抜けその場にへなへなと座り込む。そしてワイバーンがやって来た方の空を見て唖然とした。




「え、なに、あれ……?」


 そこには数十体のワイバーン、そして長細い巨大な竜であるサーペントドラゴンが飛来していた。エスティアが思う。



(あんなのが街に来たら……、大変だよ……)




「エスティアはここにいて」


 レインはその魔物の群れを見ても表情ひとつ変えずに言う。気が付くとローランとマルクもエスティアの前へと歩き出す。ローランが言う。



「さて、じゃあ、始めようか」


 エスティアは魔物を見つめる三人の冒険者を見て、この後ようやく『勇者パーティ』と呼ばれる所以を知ることになる。

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