3.あなたと私の猜疑心

 勇者レインのパーティ入りを目指して面接を受ける暗殺者エスティア。

 しかし応接室で会ったレインを見てその予想と違う印象に酷く驚いていた。



(す、すっごいイケメンじゃん……、え、ちょっと、なに、これ、見つめられてドキドキしてきちゃった……、って、ダメダメ!! あいつは極悪非道のゲス男。これから私が暗殺する対象。キレイな顔してるけど、しっかりとあの世に送ってやらなきゃ……、やらなきゃ、やらなきゃいけないよね……、やっぱり?)



「あ、あの……」


 声にならない声を絞り出すエスティア。

 しかしその予想していなかった印象よりももっと違う何かが、心の奥に引っかかっていた。


 一方、そんなエスティアよりももっと衝撃を受けていたのは、正面に座り面接をするレイン自身であった。



(首にあるハートのアザ……、まさか、まさか彼女がラスティアの生まれ変わりなのか……、だ、だけど私を見ても何の反応も示さないし、もしかしてただの偶然? 雰囲気は何となく似てはいるが、失礼だけどラスティアはあんなに胸は大きくなかったし……。いや待て、生まれ変わったのなら体だって変わっていてもおかしくはない。で、でも、万が一間違いで、そんな訳の分からない話をしたら変質者扱いだ。ど、どうすればいい……)



「あ、あの……」


 エスティアは先程からこちらを見たり天井を見たり落ち着かない様子で苦悶するレインを見て、声を掛け辛くなってきた。そして思う。



(や、やっぱりこんな服じゃ駄目だったわ!! 当たり前よね……、戦う仲間を探しているのに、こんな頭お花畑の服選んできちゃったら……、しまった……、ホントちゃんとした一般常識も暗殺訓練の中に入れて貰わなきゃ!!)



 そんなことを考えるエスティアをレインはじっと見つめる。エスティアが思う。


(で、でも、何だかさっきからじっと見られているような気がしてならないんだけど……、どこ見てる? えっ? む、胸? 私の胸見てる!?)



 妙な視線を感じエスティアが頬を赤くしたその時、レインが言った。



「合格」



「へっ?」


 レインが頷いてもう一度言う。



「合格だ、エスティア。明日から私の拠点ホームに来て欲しい」


「ええええええっ!!!!」



 エスティアは目の前のイケメンが一体何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

 場違いな洋服、まともに会話もせずに行う判断、それにまだ面接の人達だってたくさん残っている。そして自分の胸をじっと見つめるその視線。エスティアが思う。


(さっきからずっと私のを見てる? や、やっぱり変態なんだわ。はい、決まり、暗殺対象。世の為、人の為。必ず殺さなきゃ!)



 エスティアがそれらしい顔を作って答える。


「ほ、本当によろしいんでしょうか、私で……?」


 レインは立ち上がりエスティアの近くに寄って言う。



「ああ、もちろんだ。明日からよろしく」


 そう言ってレインがエスティアの肩に手を置く。



(えっ?)


 エスティアは目の前にやって来たレインを感じ、何だか全身の力が抜ける感覚に陥った。

 暗殺者として体に触れられることは最もされてはいけない行為のひとつ。ましてやそれが暗殺の目標ならなおさら。


 でも思う。



 ――なんでこんなに喜んでいるだろう、私……


 何か魅了の魔法でも使っているのかな?

 そんなことを思いながら初めての暗殺対象との面会を終えた。






「合格……、嬉しい? 私、喜んでるの? ええ、そうよ。これで仕事が捗る。それに対して喜んでいるのよ!」


 エスティアはその日の夜、宿屋近くにある食堂に入って夕食をとっていた。しかし目の前にあるご馳走を見ても、どうしても今朝会ったレインのことが頭を離れない。エスティアが思う。



(それにしてもあれで本当に勇者なんだろうか? あれだけ近くにいても全然強さを感じなかったし、何と言うか、隙だらけ? もしかしたらあの時れたかも……)


 エスティアはあまりにも普通過ぎたレインを思い出して難しい顔をする。


(まあでも悪人なんてそんなものよね。いい人そうに見えるのが悪人の特徴。裏で酷いことをやっているんだから、そんな雰囲気に騙されちゃいけないわ!)


 そう思いつつ目の前の皿を次から次へと空けて行く。そんなエスティアに近くで飲んでいた男が声を掛けた。



「よお、嬢ちゃん。いい食べっぷりだな。気に入ったぜ!」


 少し酒に酔った眼帯をした男が赤い顔をして言う。エスティアはうるさいと思いながら笑顔を作りそれに応える。するとその男と一緒に食事をしていた別の男がエスティアの顔を見て言った。



「あ、レナードさん!! この女、今日勇者レインの面接に受かった女だ!!!」


(げっ!?)


 エスティアは瞬時にまずいと思った。

 案の定、直ぐ周りの人達が『勇者レイン』と言う名前に反応して振り返る。男が興奮して言う。



「勇者レインとパーティ組むんだよね!? 凄い!! 職業は何なんだ?」


(暗殺者、とは言えないよね……、当たり障りない職業、あまり目立たない職業は……)


 エスティアが引きつった顔で考える。



「魔法使い、かな?」


「えっ、魔法、使い……?」


 当たり障りのない職業を言ったつもりだったエスティアは、その意外な反応を示す周りの人達を見て違和感を覚える。男達が小声で言う。



「お、おい、勇者パーティに魔法使いだってよ……」

「ローランさんは知ってるのか?」


 妙な空気が流れる。

 目立たないよう言ったはずが余計に注目を浴びるエスティア。そんな空気を吹き飛ばすかのように最初に声を掛けてきたレナードと言う男が言った。



「なんでもいいじゃねえか、あの勇者レインの仲間になるお嬢ちゃんだ!! 俺たちゃ、大歓迎だぜっ!!」


 そう言って冷えた麦酒をドンとエスティアの机の上に置く。エスティアが言う。


「わ、私、未成年ですから、お酒は……」


 それを聞いたレナードはテーブルにあったエスティアの水のグラスを持たせ、そして自分のとコンとぶつけて言った。



「そいつぁ、すまねえ。そら、乾杯だぁ! めでてえ、嬢ちゃん、街の平和を頼むぜ!!」


 そう言ってレナードはご機嫌で麦酒を飲み干す。

 そこから次から次へとレインパーティ参加を祝う人達がやって来て、如何に勇者レインが素晴らしいかを語って行った。



「は、はあ、頑張ります……」


 エスティアは笑顔で話す人達に、そう答えるのが精いっぱいであった。




(予想以上に勇者レインって、みんなから好かれているんだな……)


 部屋に戻り水浴びを終えて、部屋の鏡の前でひとり髪を櫛でとかすエスティア。想像以上に勇者が民の心の支えになっている現実を知り驚いていた。


(でもあいつは、裏では極悪非道な、人身売買をしているはず……、だから私が殺さなきゃ……)


 エスティアは鏡に映った自分の顔を見つめる。そしてその自分に問う。



(でもなんであなたは、そんなに顔をしているの……?)


 暗殺者の特訓で嫌と言うほど心を殺す訓練を受けてきた。

 どれだけ良くして貰っても、どれだけ助けられた相手でも、暗殺目標とされた相手には躊躇なく殺せる。鉄の心、氷の心の保ち方を叩き込まれたはず。



 パンパン!


 エスティアは両手で自分の頬を叩く。


(ダメ、それじゃあダメ! やるのよ、エスティア。何も考えずに、るの!!)


 エスティアは目を閉じ弱い心に渇を入れた。






「へえ~、こんな少女を選んだんだ……」


 ローランはレインに渡されたエスティアの書類を見ながら言った。レインが言う。


「ああ、何と言うか、フィーリングと言うか……」



 それを聞いたローランの眉が少し動く。


「フィーリングねえ……、で、この子、ちゃんと戦えるの? 経歴を見ているだけだと、実戦経験なしみたいだけど?」


 正直レイン自身、そこまで考えずにエスティアを採用している。レインがばつが悪そうに答える。



「あ、ああ。まあ、大丈夫だろう。これからパーティに入って貰って鍛えるつもりだ」


 それを聞いていたマルクが言う。


「どんな子なんですか?」


 レインが考え込む。何せハートのアザを見ただけで即決してしまった相手。ほとんど会話もしておらず性格もあまり知らない。苦笑いしながら答える。



「お、女の子だ。そうだな、お前よりちょっと年上かな……」


「何それ、何も知らないみたいじゃん?」


 ローランが不満そうな顔をして言う。レインが答える。



「だ、大丈夫だ。明日の朝、ここに来る。みんな、よろしくな」


 レインはそう言うと先に寝室へと戻って行った。歩きながらレインが思う。



(彼女が本当に生まれ変わりだとしたら、私は本当に嬉しい。彼女と一緒に居られるのならば他には何も要らない。だけど彼女は彼女。しかもまだ確定じゃない。私は、どう彼女に接して行けば良いのだろうか……)


 レインは奇麗な髪をかき上げながら明日からの新メンバーのことを思い考えた。

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