2.出会ったふたり
「勇者レインの暗殺……」
エスティアは初めて告げられた暗殺依頼の内容を聞き、その言葉を繰り返した。義父であるバルフォード卿が言う。
「レインは勇者として名を上げる一方、裏で人身売買を行う闇商人の顔を持つ。彼に不満を持つ貴族から依頼が入った。ただ奴は先日魔王に敗れたとはいえ、その強さは折り紙つき。期限は一年。エスティア、レインを暗殺せよ」
エスティアの十五歳の誕生にして初めての依頼。
この日から彼女の生活は『レイン暗殺』のすべてが注がれた。
「あれが王都ランシールドね」
バルフォード家の屋敷を出たエスティアは、丘の上から見えるランシールド王国の王都を見てひとり言った。
事前情報では勇者レインは王都に拠点を置いて活動しているとのこと。まずはその懐である王都に行き、情報収集や暗殺の基盤を築かなければならない。
王都に向かおうとしたエスティアに横から声が掛かった。
「おい、女。止まれ」
気配には気付いていたのだがあえて無視をしていた。エスティアが歩みを止め、声のした方を向く。
「女だぜ、たったひとり。しかも、けけけっ、いいカラダしてんじゃねえか……」
腰に剣を携えた山賊らしき男が数名、エスティアの前に現れて言った。頭領らしき男が前に出て言う。
「おい、有り金すべて出しな。そしてお前は、くくくっ……、今夜からしばらく俺達を慰めてくれよなあ……、きゃはははっ……」
頭領の視線がエスティアの豊満な胸へと向けられる。エスティアが思う。
(おお、この胸パッド。バレていないようだわ!! 効果抜群じゃん!!)
何故かひとりにやにやするエスティアを見て山賊達が言う。
「き、気でも違えたか!! それ、やっちまえ!!!」
山賊達が拳を振り上げてエスティアに襲い掛かる。そして一瞬だけ真剣な顔をしたエスティアを殴りつけた。
シュン!!!
「や、やったぜ!! ……って、あれ?」
山賊は確かにエスティアを殴りつけた。しかしまったく手応えがない拳。まるで空気を殴っている様。そこに確かにエスティアはいるのだが何度拳を振ろうが殴れない。そしてゆっくりと消えるエスティア。頭領が気付く。
「ざ、残像……?」
その声に他の山賊が驚くのと同時に、一斉に悲鳴が上がった。
「ぎゃああああ!!!!」
次々と倒れて行く山賊達。
頭領も足に激痛を感じそのまま地面へと倒れる。そして倒れながら傍に立つエスティアを見上げた。
「お、お前……、嘘だろ……」
そこには小型のナイフ一本を持ち倒れた山賊達を見下ろすエスティアがいた。ナイフには血一滴付いていない。その冷酷な顔はまさに暗殺者であった。頭領が震えながら言う。
「お前、な、何者……?」
エスティアが小さな声で答える。
「私は暗殺者。しばらく王都に住む。今後まだ山賊を続けるなら、全員殺すわよ」
足が痛くて動けない頭領が青い顔をして震えあがる。そして気付くと音もなくその少女は消えていた。頭領が思う。
(あ、暗殺者……、決して敵対してはいけない闇に生きる者達……、初めて見たが、あんな少女が……)
頭領はその場に倒れたすべての仲間が同じように足を斬られていることに改めて驚いた。
(うわ、なにこれ!? めっちゃ美味いじゃん!!!)
エスティアは初めて来る王都での料理やスイーツを驚きながら食べた。その美味しさに少し緊張していたエスティアの頬がほころぶ。
(こんな美味いもんがあるなら、ずっと王都で暮らそうかな? ああ、でも暗殺やらないと、逆に私が消されるしな……)
エスティアは暗殺依頼の内容を知った以上、それを終わらせるまでは自由がないことを改めて思い出す。
「さて、情報収集しようかな」
エスティアは注文した大量の食事をぺろりと食べると、ひとり立ちあがって小さく言った。
「いらっしゃい。あれ、これはまた可愛いお嬢さんで」
エスティアはまず王都ランシールドのギルドへ向かった。情報が集まるのは酒場とギルド。酒場はまだ少女のエスティアには相応しくないと思い、まずはギルドに足を運んだ。
ギルドの受付にいた中年の女がエスティアを見て言う。エスティアが満面の笑顔を作り答える。
「私、勇者レイン様に憧れて王都にやって来ました。レイン様は良くこちらにやって来られるんでしょうか。ここに居ればお近づきになれますか~?」
ひとりのファンを装いレインについて尋ねる。中年の女が答える。
「そう言うことは教えられないねえ。レインは世界を救う勇者。簡単に情報なんかは教えられないよ」
「そ、そうですよね……」
エスティアは悲しそうな顔をする。
(人身売買を行っている悪党。簡単に近づくことはできないよね)
中年の女が言う。
「でもね、偶然だけど、今、レインがパーティのメンバーを募集しているんだよ。まあ、一般人が採用されることなんてないから無理だとは思うけど、どうだい、お嬢さん? 登録希望だけでも出しておくかい?」
思わぬ情報にエスティアの顔がほころぶ。
「は、はい! 是非お願いします!!」
エスティアは女に渡された書類に、彼女の為に用意された偽りの名前を書き込む。
暗殺者には表の生活で必要な身分が事前に金で用意される。エスティアも地方にある実在するグラスティル家の娘となっている。その多くは以前暗殺を依頼した貴族であり、その活動に賛同してくれている者達である。
「じゃあ、明日の朝、ここにおいでよ」
ギルドの女性はそう言うとエスティアに一枚の書類を渡した。それを受け取りギルドを出るエスティア。そして街を歩くほかの女性達を見て思う。
(レインって奴、一体どんな極悪非道な奴なんだろう? 子供の人身売買もやっているって言うから、相当の悪人よねえ。でも明日はまあ、気に入れられる為に少しはこの格好、何とかすべきかな……)
エスティアは自分が来ているバルフォード卿から与えられた黒くて地味な服装を見て言う。決してお洒落とは無縁な黒服。一応普段着としても着られるがとても年頃の女の子が着る服ではない。
(勇者とか言うけど変わり者の変態って可能性もあるしな。よし、服でも買いに行こう)
エスティアはそう思い、すぐに近くにある服屋へと入った。
(うひゃっ!? な、何この服っ!!)
そこはこれまでエスティアが見たこともない可愛い服が店内の至る所に飾られているまさに『少女の為のお店』であった。
(こ、このフリル、可愛い~! ワ、ワンピースもいいーーっ!!!)
暗殺者の服は基本黒。色気もある姉のシャルルなどはそれなりに色っぽい服も持っているようだが、エスティアにとってはそれはこれまでの服の概念を一変させるような物ばかりであった。
(ど、どうしよう~、か、買っていいの? これ……)
貧乏貴族出身のエスティア。食べるだけで精いっぱいの日々、お洒落など考えたこともなかった。
そして暗殺の訓練が始まってもそれは変わらず。服は『目立たない、邪魔にならない、道具が隠せる』と言った任務遂行に必要な点ばかりが重視されていた。
(こ、このフリルって、何か意味があるのかな……?)
単に飾りであるだけのフリルを、可愛いと思いつつも理解できないエスティア。そんな笑ったり驚いたり考え込んだりする彼女を見た女店員が声を掛ける。
「何かお探しでしょうか?」
エスティアが小さな声で言う。
「あ、あのぉ、か、可愛い服が欲しいかなって……、無理でしょうか?」
質問の意味が良く分からない女店員が言う。
「無理なんてことはないですよ。女の子は誰もが可愛くなっていいんですよ!! さ、これなんてどうかしら?」
エスティアは女店員が手にした可愛いワンピースを見て心躍った。
「うわ~、これが私!?」
エスティアは宿屋に戻り、先ほど買った薄黄色のワンピースを着て鏡を見つめる。全体的に薄黄色の花柄のワンピースで、エスティアのすらっとした足が伸びる。胸辺りに付いた可愛いボタン。そしてパッドを入れた胸が膨らみ女性らしさを強調する。
(よし、明日はこれでばっちりだわ! 見てろ~、変態レイン!!)
「えっ…………?」
翌朝、ギルドに集まった『勇者レインのメンバー募集』の面々を見て、エスティアは体が固まった。
男女多くの人が集まっていたが、皆『直ぐにでも魔物と戦える』重装備で来ている。お洒落なフリルのワンピースで来た女などエスティア以外誰もいなかった。
周りの痛い視線が集まる。場違い感が半端ない。エスティアは顔を真っ赤にしながら思った。
(そ、そうだよね。みんな勇者パーティに入りたくて来てるんだよね。誰も『人身売買やっている変態レイン』に近付きたくて来ている訳じゃないよね……)
痛い視線に混ざり、失笑や馬鹿にした声なども聞こえてくる。エスティアはそれ以上に、『目立つことはタブー』とする暗殺者の教えに背いていることを恥じた。
簡単な実技テストの後、面接に臨んだエスティア。
名前を呼ばれギルドにある応接室に入る。そこには机の前に座り書類を眺める若い男がいた。男が言う。
「エスティアさんですね、さ、どうぞ」
男はエスティアのワンピース姿に少し驚くも、爽やかな笑顔で挨拶をした。
金色のサラサラな髪、すらっとした足、爽やかな笑顔。どれをとってもイケメンで貴公子、いや、どこかの王子様のような男であった。男が言う。
「私がレインです。パーティ参加に申し込んでくれてありがとう」
(ええっ!? こ、この人が勇者レイン!? ご、極悪非道の変態野郎って聞いていたけど、ま、真逆じゃん……)
目を点にしてレインを見つめるエスティア。その予想とはあまりにも違った風貌に体が固まる。何も返事をしないエスティアを見てレインが言う。
「ええっと、どうしましたか? エスティアさん……、えっ!?」
その時レインも体が固まった。それはエスティアの首にあるひとつのアザを見て体が動かなくなってしまった。
――あのアザ、ハート形のアザ……、まさか、彼女が……
ふたりは向かい合ったまましばしお互いを見つめた。
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