勇者様を、恋して愛して暗殺計画。〜勇者が強すぎたので私の魅力で落として殺ることにしました。ベタ惚れされたのは想定外ですが〜
サイトウ純蒼
第一章「勇者、強過ぎ!!」
1.初めての依頼
「起きなさい……、英雄レビン……」
レビンはゆっくりと目を覚ました。
真っ白な世界。
何も感じない体。
すぐに理解した。
――俺は、無事死ねたんだ……
レビンをちょっとした安心感が包む。
「レビン……」
名を呼ばれ起き上がり、声のする方を見た。
「誰だ、あんた……?」
そこに居たのは美しい女性。
真っ白な法衣のような服を着て、その白い法衣よりももっと白い肌の美しい女性。そして一見して分かる人間ではないオーラ。神々しい光を放つ。女性が言う。
「私は女神。自殺したあなたをここに呼び寄せました」
レビンはその状況がいまいち理解できずに尋ねる。
「なぜ、俺を呼んだんだ……?」
女神が言う。
「あなたには、本当に申し訳ないことをしました。実は我々神の手違いでもっと早く死ぬはずでしたのに生き永らえ、そして邪悪な魔王まで倒して頂きました。偶然が重なったとはいえ、感謝しています……」
レビンが答える。
「魔王は、あいつの仇。俺が勝手にやったことだ。気にしないでくれ」
女神は頷いてから言う。
「お詫びとしてあなたに転生することを許可しましょう」
「転生?」
「ええ、そうです。あなたの知識、力、能力全てを引き継いだまま新しい世界へと転生させます。その力をどう使おうとあなたの自由。再び英雄にだってなれます。いかがでしょうか」
女神の話を疑いつつも、今のこの状況を見て信じることにした。そして言う。
「女神よ」
「はい?」
レビンはその目を見つめて言った。
「俺は力も名誉も要らない。俺が望むのはただひとつ……」
女神も黙ってその言葉を聞く。
「俺が望むのは愛するラスティア、救えなかった彼女とまた一緒になること、だ」
女神は黙ってその言葉を聞き、そして言った。
「それ以外は何も望まない、と言う事ですね?」
レビンが即答する。
「ああ、要らない。彼女以外は何も」
女神が言う。
「分かりました。その願い叶えましょう」
「ほ、本当か、本当にまた彼女に会えるのか!?」
女神は笑顔で答える。
「ええ、会えます。目印に彼女の首にハートのアザをつけておきましょう。頑張って探してみてください。是非、またお会いできることを、私も、願っています……」
そう言いながら次第に女神の映像がぼやけて行き始めた。
――ハートのアザ……
同時にレビンの意識も遠のいて行く。
そしてどれくらい時間がったのか誰かの呼ぶ声が頭に響いた。
『おはよう、レイン……』
エスティアは貧乏貴族の末っ子であった。
毎日の食事も食べる物は困らないものの、決してそれは貴族の食事と呼べるものではなかった。
(今日もまたじゃがいもスープだけか……)
エスティアはその薄い塩味しかしない硬いじゃがいものスープを口に入れた。両親や兄弟はそのスープを黙って口に入れる。最近はその唯一の具ですら減ってきた気がする。
(ああ、一度でいいから美味しいものお腹いっぱい食べたいな……)
エスティアは自分の境遇を恨んだりはしなかった。それでも貧乏でしかも末っ子。彼女はここにいても未来はないと幼心にもそれは理解していた。
そんな彼女にも他者に誇れることがあった。それは、
『人一倍強いこと』、であった。
実際、兄弟や友達とケンカをしても負けることはなく、幼くして森のクマや下級の魔物すら倒してしまうほどであった。そして未熟ながら魔法も使えた。
「母上っ、今晩の獲物です!!!」
少し成長したエスティアは良く森に行き、シカやイノシシなどの動物を素手で捕えてくるようになった。細身の女とは思えない腕力、動物の様な素早い身のこなし、徐々に上達する魔法などその戦闘能力の高さは辺りでちょっとした評判となった。
「美味しい~」
貧乏貴族のエスティア達にとっては彼女の獲って来る獲物が、いつの間にか家族の大切な食料となっていた。とは言えやはり貧乏には勝てず、一家の生活は日に日に悪化して行く。
そんな時、エスティアの運命を変える者が屋敷を訪れた。その者が単刀直入に言う。
「エスティアを、うちの養子にしたい」
訪れた者は上級貴族であるバルフォード卿。裏の世界では『暗殺貴族』の異名を持つ一家。エスティアの高い身体能力を知り養子縁談を持ちかけたのだった。
そして長い家族会議の後、結論が出た。
「エスティアを、よろしくお願いします」
この日よりエスティアの暗殺者としての人生が始まった。
「エスティア、そこっ!!! 左っ、右っ、左っ、下っ!!!」
「きゃあ!!」
暗殺者の訓練は厳しいものであった。
義父となったバルフォード卿は裏の暗殺界の中でも屈指の実力者であり、その強さはやって来たばかりのエスティアなど到底足元にも及ばない程であった。
暗殺の特訓。心も体もボロボロになる毎日。それはこれまで別の世界で生きてきたエスティアにとって全く未知のことばかりであった。
「エスティア、大変でしょ。訓練」
義姉のシャルルが優しく言った。
バルフォード卿の長女であり、長髪の奇麗な優しい女性。そして何よりその大きな胸がひときわ目立つ女性である。エスティアが答える。
「ええ、大変です……、でも私が頑張らなきゃ!!」
エスティアは自分が売られてきたこと、そしてその期待に応えなきゃいけないことを理解していた。
「今日から一週間食事は水だけ。訓練は通常通り!」
(うげ~)
「今日から十日間、食事とトイレ以外ずっと滝行。始めっ!!」
(うぎゃ~)
「今日から二週間、睡眠禁止!! 開始っ!!」
(ふにゃあ~)
「この山の木を全てこのナイフで切り倒せ。始めっ!!」
(ぶひょおお~)
暗殺者育成の訓練はエスティアの想像を絶するものばかりであった。それでもその成果は如実に現れており、本人の知らぬ間に想像以上の力がついていた。
「もうすぐ十五歳ね、エスティア」
もうひとりの義姉ラクサが言った。エスティアが答える。
「そうだね、ラクサ姉さん。早いもんだ」
「十五になると一人前の暗殺者としての試練があるけど、何か父上から聞いているか?」
短髪で男勝りの性格のラクサ。日に焼けた顔でエスティアに尋ねる。エスティアが答える。
「いいえ、まだ何も聞いていないわ。姉さん、大変だった?」
「まあね、思い出したくもない程だったぞ……」
ラクサは厳しかった試練のことをエスティアに話した。
「あはははっ……、こりゃ、死ぬかな……」
エスティアが乾いた笑いをする。ラクサが言う。
「それよりも試練に行くと何年も会えなくなることもあるんで、先に大切なことを教えてやろう」
「え、大切なこと?」
エスティアが興味津々で聞き返す。
「ああ、ずばり、その胸だ!」
「えっ、む、胸!?」
エスティアはまな板張りの薄い胸に手を当てて戸惑う。ラクサは大きく立派に膨らんだ自分の胸に手を入れ、ある物を取り出して見せた。
「えっ、これは何!?」
エスティア同様まな板になるラクサの胸。そしてその手には丸い乳白色のゼリーの様なものが乗せられている。ラクサが言う。
「胸パッドだ」
「む、胸パッド……?」
ラクサが説明する。
「ああ、これは、まあ、要は胸を大きく見せるための道具だ。シリコンスライムを原料にして作られている。暗殺は闇夜に
そう言ってエスティアのまな板を指差す。
「うっ……」
ずっと気にしていたのだが、こうして改めて指摘されるとその情けない姿に涙が出て来る。ラクサが言う。
「まあ、大きけりゃいいってもんじゃないが、我が一族では見せかけでもいいから胸は大きくする。暗殺者は使える物すべてを使って依頼を行う。胸も道具と思ってくれ」
「シャルル姉さんも胸パッドなの?」
ラクサが笑って答える。
「いや、あれは本物だ。同じ姉妹とは思えないよな。あははっ」
エスティアが苦笑いする。ラクサが言う。
「じゃあ、エスティア。これから一緒に捕まえにでも行くか? シリコンスライム」
エスティアは笑顔で答えた。
「はい、行きましょう!」
シリコンスライムの捕獲は困難を極めた。
極端な怖がりであるシリコンスライムは、僅かな物音でもすぐに消えるようにいなくなってしまう。しかも活動は夜間のみ。捕獲は一流の暗殺並みの高度な技術が必要だった。
「やったー、捕まえたよ!!」
悪戦苦闘の末、エスティアは一晩かけて何とか一匹のシリコンスライムを捕獲することができた。そして朝を待ちすぐに街にある闇工房でそれを胸パッドに加工。晴れて『胸の谷間』を手に入れることができた。
(はあぁ、なんて魅力的な女の子……)
エスティアはすぐに屋敷に戻り、パッドを入れた自分の姿を鏡で見て感嘆の溜息をついた。そして改めて自分の首についたアザを見て思う。
(なんかこのハートのアザ、最近はっきりしてきたような気がするわ……)
エスティアは首にあるそのアザに手を当て思う。
(人物が特定されるから、こういうのは取った方がいいのかな……)
それでも痛い手術を思うとそんな考えはすぐに捨てた。
そして十五歳の誕生日に、義父バルフォード卿より暗殺者としての試練を告げられた。
「エスティア、お前に暗殺者としての初めての任務を告げる」
「はい」
緊張した顔のエスティアが答える。バルフォードが言う。
「『勇者レインの暗殺』だ」
エスティアは初めての依頼に身震いをしながらも、その名前を聞いて何故か心の奥底で嬉しいような温かいような不思議な気持ちになった。
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