エピローグ

第37話 【コラボ雑談】夏休み突入! あたし色に染まれ‼️【夏川ひより/秋空まりぃ】

清氷しごおり雪乃ゆきの視点】


「こんばんは〜。ドリーミーカントリー3期生、夏担当の夏川ひよりでーす。今日も元気に暑く配信していきます」

「こんばんは〜。ドリーミーカントリー3期生、秋担当の秋空まりぃです~」


 つよつよゲーミングPCが、雪乃の動きをひよりに変換する。

 今のあたしはクール見せかけておいて、メンタルがヤバい雪乃ではない。

 天然陽キャのひよりなのだ。


 真夏の夜。冷却ファンが仕事をする一方、音が微妙に気になる。

 OBSStudioのノイズゲートのおかげでリスナーさんに聞こえないのが、せめてもの救いだ。


「今日も昼間は40℃近くまで行ったんだってね」


 あたしが天気の話題を出すと。


『めっちゃ暑いね~。夏は嫌いじゃないけど、暑さは滅ぼしたい~。秋さん、はよ来て~』


 親友であり、頼れる同期の春菜が言う。秋空まりぃとして。

 言い方は間延びしていて朗らかだけど、煽ってる。


「ちょっと、まりぃちゃん、ようやく夏本番になったんだよ。つまり、あたしのターン! あたしの季節を奪わないでくれる?」


 まりぃちゃんにはコラボ雑談に来てもらってなんだけど、抗議するときは抗議する。

 もちろん、本気ではなく、ネタで。


:親友同士がいきなり喧嘩から始まった

:喧嘩するのも仲がいい

:マンネリ化を避けてくれて助かる


 案の定、みんな遊びだと思っている。


:おっ、ドリカンも内部分裂か?

:こいつら、落ち目だもんな。


 心ない発言も少しばかりあって、悲しくなる。

 けれど、ひよりは明るくて、前向きな女の子。落ち込んでなんていられない。


 あたしを好きだと言ってくれる人のために配信したいし。

 数日前、彼氏になったばかりの翔琉くんの顔が思い浮かぶ。


ドリームフラワー翔:大丈夫。夏休みは始まったばかり。 ¥500


「ありがとう。まだ、夏休みは始まったばかりだもんね。大丈夫、大丈夫。まだ、余裕があるもん」

『ひよりちゃん、夏休みの最終日に宿題が終わらなくて泣く子のセリフだよ〜』

「まりぃちゃん、なんでわかったの⁉︎」

『まさかの図星だった〜』

「いえ、あたしは宿題をしますよ(終わるとは言っていない)」

『終わらないんだぁ〜』


 マジレスすると、去年までのあたしは宿題をきちんと終わらせている。


「宿題という暗い話題はさておき」

『宿題を放置しちゃうんだ〜』

「今日のまりぃちゃん、キャラちがくない? いつもは……癒やし系のお姉さんで、ガチ清楚枠なのに」

『……清楚はね、夢の存在なんだよ〜。現実に存在しないから夢なんだ〜』


「翔琉くんみたい」と言おうとして、思いとどまった。

 危ない、危ない。配信中に男子の名前を出そうものなら、炎上してしまう。『ゆた坊』ですらアウトだった過去もあるし。


『最近のひよりちゃんがかわいすぎるから〜普段とキャラを変えてでも遊びたいかな〜』

「遊ぶって、どういう意味⁉︎」


 遊ぶって言葉にはいろんな意味があるけど、良い意味に受け取っていいんだよね?

 それとも、エッチなことされちゃう?


:まりい×ひよりの新作同人誌ネタが浮かんだ

:遊ぶの助かる


「みんな、なんか勘違いしてるけど、遊ぶといえば、夏休みしかないじゃん」


 コメントを拾いつつ、軌道修正をする。

 この流れだといつまで経っても本題に入れない。


「今日の配信は、夏休み、なにをして遊びたいかをふたりで話したいです」

『つまり、ひよりちゃんがどんなデートをしたいかだね〜?』

「そうそう」

『おっ、いまの発言だと、彼氏がいると認めるのかな〜。若いっていいなぁ〜。お姉さん、アオハルな恋を眺めてるの楽しくてたまらんよ〜』


 どこから突っ込んでいいのか。

 まずは、一番大事なところから。


「あたしの彼氏って、リスナーさんのことだよっ❤️」


(ごめんなさい、ウソです。本当の彼氏は同級生で、同居人で、リスナーさんなんです)


 まあ、翔琉くんもリスナーだし、ウソは言っていない。


 それに、清氷雪乃に彼氏はいても、夏川ひよりに彼氏はいない。

 VTuberの作られたキャラと、魂の人格は異なるし。


(あれ? 数日前、あたし、真逆なことを言った気がする)


 夏川ひよりの中に、清氷雪乃は確実にいるみたいな。


 でも、これはこれ、それはそれ。

 ずいぶん、虫の良い話だと思うけれど、以前のあたしには思いもよらぬ考えだった。

 翔琉くんと暮らして、2ヶ月。柔軟な考えができるようになって、自分でも軽く驚く。


 罪悪感に押し潰されそうだし、自分に都合の良い解釈にしておこう。


に恋する乙女さん、彼氏さんと何をしたいのかな〜』


 まりぃさんの言葉、アクセントが意味深だった。

 翔琉くんとのこと、報告しなければよかったかも。



「えーと、夏休みにしたいことねぇ。定番なんだけど、いいかな?」

『まずは、マニアックな遊びよりもオーソドックスで行こう〜!』

「夏祭り、プール、海、花火大会は外せないかな」

『ホントに普通だった〜⁉︎』


「夏祭りは浴衣を着て、いっぱい屋台で食べるの?」

『ひよりちゃんの浴衣見たいね〜』

「ママとパパ、お願いします!」


マリモ:気合い入れてデザインしちゃうぞ(^-^)

:ここでマリモママが来るとは

:ママもよう見とる


 マリモママとは、夏川ひよりのキャラデザをしたイラストレータのこと。VTuber界隈の流儀に従って、『ママ』と呼んでいる。


「マリモママおなしゃす…………ですが、新衣装となると運営さんを通さないといけないんです。マネちゃんには言っておきますね」

『ひよりちゃん、屋台では何を食べたい?』

「焼きそば、タコ焼き、綿飴、イカ焼き、ラーメン、お好み焼き、焼き鳥、金魚すくい、射的」

『よく食べるね〜』

「あっ、今のなし」


 翔琉くんに大飯食らいだと思われたくない。


「料理研究のためなんだからねっ!」

『ひよりちゃん、料理得意だもんね〜。最後の方、料理じゃない気がするけど〜』


:金魚すくいって、金魚を食べるってこと?

:サイコパスなひよりちゃん見てみたい気もする


「あ、あたし、金魚すくいは食べないよ?」

『なんで疑問形なの〜?』

「さっ、次の話題に行こう」

『すっとぼけた〜』

「プールなんだけど、夏だし、ナイトプール行きたいねっ!」

『ナイトプールって季節関係なくない〜? せっかくの夏なんだし、屋外のプールを楽しもうよ〜あっ、ナイトプールの運営会社さんを悪く言うつもりはないからね〜』


 まりぃちゃん、失言にならないよう配慮する。

 聞いた人はどう受け取るかわからないうえに、一部分だけを切り取られて拡散されるケースもある。ちょっとのミスで炎上するのが、この仕事の怖いところ。


:ナイトプールでアダルトなひよりちゃんも見たいかな

マリモ:ナイトプールなひよりちゃんのイラスト、明日にでもアップするね

:さすが、マリモ神、仕事が早い


 マジな話。入浴の際、翔琉くんには日常的に水着姿を見せている。

 以前は中学時代のスク水だったけれど、最近ではビキニになった。最初は翔琉くんは反応に戸惑っていたけれど、だいぶ慣れてきている。


(どんな水着なら、喜んでくれるのかな?)

 

「マリモママの水着、楽しみに待ってます」


 マリモママなら男心をくすぐる水着を描いてくれる。水着選びの参考になるはず。


彼氏リスナーさんとナイトプールに行った後は、そのまま、夜の遊びをするのかな〜』

「夜の遊び⁉︎」


:癒やし系だったまりぃちゃんがオジさんにしか見えない

:まりオジ爆誕!


『夜の遊びって、なにを想像してるのかな〜』

「へっ?」

『私は具体的なことはなにも言ってないよ〜。ひよりちゃんが恋愛脳になったんじゃないの〜』

「うっ」

『今の反応はマジだった〜?』

「まりぃちゃん、あたしを炎上させたいの?」

『ごめん、ごめん。かわいいから我慢できなかった〜』

「ううん、いいって」


 親友とじゃれてるだけなので、軽く受け流す。そうじゃないと、また面倒くさい人が湧くから。


「真面目な話。あたし、真夏の夜を大事にしたいの」

『真夏の夜を〜?』

「シェイクスピアの作品に『真夏の夜の夢』ってあるでしょ?」

『うん、聞いたことある』

「あたしも語れるほど詳しくはないけど、思ったの」


 ネタ的な配信中に、真面目なことを言っていいのか迷った。

 けれど、これも、あたしだから。


 上っ面の夏川ひよりという作られたキャラではなく。

 清氷雪乃という人格を少しは出してみたい。

 もちろん、特定のリスクや、ひよりとの解釈違いを避けるために、ごく一部分だけれど。


 それでも。

 あたしというキャラを見てもらって、応援してほしいから。


 以前のあたしだったら、夏川ひよりを演じることに意識を傾けていた。いかにファンを喜ばす演技ができるか、それがすべて。

 配信中は雪乃の感情を殺していた。

 一方で、演じることへの罪悪感も持っていて。


 たまに、仕事をするのがしんどいこともあった。


 あの日、橋から飛び降りようとしたのも、あたしは雪乃の人格を否定したからかもしれない。


(いっても、あの日のことはあまり覚えていないのよね)

 いっぱいいっぱいで、頭の中がごちゃごちゃしてたし。


 過去のあたしは――翔琉くんのおかげで、救われた。

 数日前。

 彼はダメなあたしを矯正するのではなく、受け入れることを選んでくれたから。


 今は素直な気持ちで、ひよりと向き合えている。


「真夏の夜の夢。現実だと、つらいことも、苦しいことも、悲しいこともあるでしょ?」

『う、うん』

「身近なところだと、いじめやブラック労働、人間関係の悩み、病気。こう見えて、あたしも嫌になることあるんだよ」

『わかる。配信外の――』

「それは勘弁してくだしゃい」

『マネちゃんに怒られるし、言わないよ〜』


 まりぃちゃんのおかげで、堅苦しい雰囲気にならなくて済む。


「真面目な話に戻すと、現実はしんどいけど、真夏の夜に妖精が夢を見せるようなもの」

『うんうん』

「シェイクスピアさんがどういうつもりで書いたか知らないけど、あたしは考えるんだよね」

『先生、なにをですか〜?』

「つらい現実も夢のように消えて、ハッピーエンドな未来が待ってるかもって」


 あたしはマイクに向かって語りかける。


「だって、その方が希望が持てるでしょ。夢ってすばらしいよね。現実を変えてくれるんだから」


 あたし、翔琉くんみたいなことを言っている。まあ、以前の彼の発言とは少し違うけど。


『真面目な話だったけど、ひよりちゃんらしい前向きさ。私も好きだよ〜』


 まりぃちゃんに肯定されて、癒された。

 しばらくして、配信を終えた。

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