第7章 リドゥ

第32話 親友=○○

 僕が雪乃さんの家を出てから、1週間がすぎる。

 一人暮らしに戻った僕は、自堕落な生活を送っていた。


 朝はギリギリな時間に起きて、食パンだけの朝食を済まし、複雑な思いで学校に行く。


 学校では。あの日以来、学校を休んでいる雪乃さんを心配しつつ、彼女と顔を合わせないことにほっとして自己嫌悪して。明日花とVTuberや漫画、ラノベの会話をして。


 表面的には、以前生活と変わらない。

 なのに、不快感がハンパない。


 ここ数日、梅雨明けしたのに雨が降り続いているから。そう納得させる。

 月曜日の朝。僕は登校すると、窓の外から雨空を眺めていた。


「よぉ、相棒。どうしたの?」

「明日花、いつものエセ関西弁は?」

「エセ言うなし⁉」


 明日花が唇を尖らせる。怒っても迫力がなく、むしろ、かわいい。


「ってか、あーしが体を張って、少しは元気になったんやな?」

「えっ?」

「さっきからため息を連発してたんやで」

「気づかなかった」

「なあ、彼女のことと関係あるんか?」


 明日花の視線の先は、雪乃さんの席だった。

 明日花には、雪乃さんとのデートを目撃されている。


 僕の過去が暴露されたところを明日花に助けられたわけで。

 勘の良い明日花なら、当然、察するか。


「氷の女王も夏風邪を引くんやなぁ」

「そ、そりゃ、バカじゃないんだし、風邪ぐらい引くだろ」


 学校には雪乃さん自身から欠席の連絡が行っているらしい。なので、乗っかった。


「つか、夏川ひより嬢も夏風邪だなんて、奇遇やな」


(明日花さん、勘が良すぎて、嫌いです)


「ひよりちゃんが配信休んでるのは悲しいけど、偶然だよ……ね?」


 声がうわずった。


「怪しいんやけど」


 マジマジと僕を見つめる。

 なまじ美少女なだけに心臓に悪い。


「まっ、いいか」


 追及を辞めてくれた。

 安堵していたら。


「なあ、夢るん、ホンマ大丈夫か?」


 考えは甘かった。

 でも、せっかく僕を心配してくれているんだ。雪乃さんに絡まないし、誠実にこたえないと。


「ありがとな。気遣ってくれて」

「気にするな。あーしと夢るんの仲やし」


 明日花は僕の肩に手を回してくる。


「あいつら、やっぱり男女の仲なんだ」

「結婚してるまである」


 勘違いされてしまった。

 僕は外野を無視して、明日花だけに聞こえるようにつぶやく。


「あの頃に比べたら、マシやから」

「それもそうやな。死にそうな顔してないし」


 いまは立ち直ったからいいけど、シャレになっていない。

 僕は苦笑いをしながら、周りを見た。


「えっ?」


 思わず驚いてしまった。


 雪乃さんと目が合ったから。

 彼女は自席から立ち上がると、僕たちの方に近づいてきた。


 雪乃さんの席よりも、僕と明日花は窓側にあって。


 氷の女王が教室の奥に向かうという珍事に、教室中の生徒の視線が集まった。


 始業時間まで、あと1分というのも間が悪い。

 雪乃さんは僕の目の前で足を止める。


「翔琉くん、マグカップ、うちに忘れていったでしょ?」

「うっ、あっ、あぁ」


 僕の口から変な声が出てしまった。

 雪乃さんの家にペアのマグカップを置きっぱにしていたのを思い出したのと、まさか学校で話しかけられるとは思ってなかったから。


 しかも、僕は最低な行為をしてしまった。

 雪乃さんが何日か学校を休んだのも、ショックを受けたせいだろう。


 なのに、雪乃さんは大胆な行動をしたわけで。

 推しが尊すぎて、せっかくの決意が揺らぎそうになる。


(本当に僕は甘いな)


 雪乃さんとの同居生活は夢だとわかっていて。

 もう夢から覚めてしまったというのに。


(そろそろ、現実に戻らないと)


 皮肉なものだ。

 過酷な現実が嫌だから、漫画やラノベ、VTuberの道に逃げていた。

 その僕が夢よりも、現実を選ぼうとする。


「なあ、氷の女王と、オタクってどんな関係なんだ?」

「マグカップって、そういう仲なん?」

「なら、明日花ちゃんはどうなる?」

「三角関係か?」

「炎上、ワッショイ!」


 周囲が騒ぐなか、僕は殺気を感じた。

 振り向くと、桜羽さんが僕を睨んでいた。


(癒やし系の欠片もないんですけど⁉)


 ASMRの達人とは思えない怖さだ。


 ガクガクブルブルしていたら、始業を知らせるチャイムが鳴る。

 担任教師が入ってきて、一気に静かになった。

 出席の確認をするなか。


「夢るん、説明してくれるよな?」


 明日花が小声で言う。


「わかった。昼休み、時間をもらえるかな」

「ラーメンでいいぞ」


 奢れってことらしい。


「今日は特別にチャーシューも奢ってやる」

「夢るん、大好きや」


 ひとりでウジウジ悩むよりは、明日花に聞いてもらった方がいいだろう。

 親友の存在はありがたい。

 と思った数時間後の昼休み。


「夢るん、クズやな」


 学食にて。夏にラーメンを食べている明日花は汗ダラダラになりながら、僕を罵っていた。


(明日花さん、ひどいです)


 何でも言い合える親友のデメリットである。


 僕は事情を話していた。

 ただし、雪乃さんが橋から飛び降りようとしたことや、夏川ひよりとして活動していることは伏せた。さすがに、全部は言えない。


「同棲しておきながら、自分が悪者になって、彼女を傷つけた。貴様の罪を数えろ!」

「おっしゃるとおりです」

「水着で風呂に入ったり、添い寝したり。あーしという女がありながら、ギルティや」

「うっ」


 浮気を追及された気分を味わう。


「って、僕は明日花の彼氏じゃないんだけど」

「あーしら友だちやもんな」


 今は話をややこしくしたくない。無言でうなずいた。


「童貞を貫いてるのは許すとして」


(そこは信じるんですか?)


「いくら、夢るんパパの件が絡んでるとはいえ、バカやろ」

「滅相もありません」

「僕のせいで、雪乃さんの両親が亡くなった。だから、家を出て、夢るんを忘れれば罪の意識から逃れられる。そういう理屈なんやな」

「そ、そうです」

「いいか、自分を悪者にしても、彼女は救われないんや」


 首から流れた汗のしずくが彼女の胸元に吸い込まれていく。


「あの様子だと彼女にとって、夢るんは大切な人なんや。夢るんと離れたら、彼女は一生後悔するぞ」


 お説教が続く。


「そういうものなの?」

「夢るんらしくないぞ」

「僕らしくない?」

「いつもの夢るんは自分の意見じゃなく、相手に徹底的に寄り添うんや」

「あっ」


 そういえば、桜羽さんに疑われていたとき、雪乃さんの愚痴を聞く勝負をした。雪乃さんを受け止めようという僕の姿勢が桜羽さんに認められたわけで。


「気づいたか?」

「ああ。僕は雪乃さんのためとか言いながら、本当に彼女のことを考えていなかった」

「そうや」

「全部、僕の勝手な思い込みだったんだな」

「おうよ」


 明日花は箸でチャーシューをつまむと、僕の方に差し出してきた。


「肉でも食って、元気だしな」


 素直に食べてから、「あーん」だと気づいた。

 近くにいた生徒に睨まれたのは言うまでもない。


 そのとき、スマホが鳴った。

 桜羽さんからだった。


『お兄さん、放課後。ツラを貸しな~』


 怒っていらっしゃる。

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