第29話 親友
僕は中2という多感な時期に、両親に殺されかけ、親を失ってしまった。
幸いにも、祖父に引き取られることになったが、気持ちは晴れない。
動けない間は、ひたすら、ベッドの上で悶々とし続けた。
なにもする気になれず、
もし、体が自由に動いたなら。
両親の後を追いかけていたかもしれない。
『だから、死にたい人の気持ちがわかる』だなんて言うつもりはない。
事情は人それぞれ。
100人いたら、100人なりの死にたい理由はあるだろう。
他人のことをわかった気になるなんて、傲慢だ。
話はそれたけど、入院中の僕はとにかく鬱屈していた。
美人の巨乳看護師さんが僕の世話をしてくれていた。ひんぱんに体が触れて、たぶん、おっぱいが当たったこともある。なのに、変な気分にならないぐらい枯れていた。
やがて、梅雨が明け、体力も回復してくる。
若い肉体は長いリハビリも必要とせず、歩けるようになる。
余裕ができたせいか、いろいろなことを考え始める。
祖父は病気がちだった。退院したら、どうやって祖父と生活していこうか、などなど。
そんななか、事件の日の出来事が何度もフラッシュバックする。
入浴に誘った父の手を払ったことを死ぬほど後悔して。
ふと思ってしまった。
屋上から飛び降りて、父さんに謝りに行くのもいいかもしれない、と。
太陽が猛暑を振るう、ある日。
僕は病室を出て、屋上へ。
数人の患者がベンチに座っている。
蝉が大合唱をしていた。あと数日で死ぬ蝉が、僕を死の世界に誘う気がした。
景色を眺めるフリをして、端に行く。手すりに肘をつき、空気を味わう。
病院は4階建て。確実に死ねるかわからない高さ。
運に賭けようか。
手すりに手のひらを置き、力を込めたときだ――。
『ちょい、あんちゃん。面白いことしとるんやな』
肩になにかが触れる。体温と感触からして、人の手のようだった。
どこかで聞いたことのある女子の声だ。
僕は振り向く。
『奇遇や』
『き、君は』
『天道明日花や。隣の席やのに、あーし、名前すら覚えられてへんのか』
彼女のそばには松葉杖が転がっていた。
『あーし、足を骨折して、入院しとるんや』
『ふーん』
『実はな、鬼を封印した石が割れてしまったんや。大変だ。鬼が復活してしまった』
明日花は急に関係ない話をしだした。楽しそうに。
『あーしたちの学校って、割と近くに遊郭があったじゃん』
『……』
『遊郭といえば、鬼が潜伏する場所や』
漫画の話でもしてるのだろうか?
『実際、漫画の聖地やし』
『僕、漫画読まないんだ』
『あーしらの平和に危機が迫ってる。だから、あーしも修行してたわけよ。観光地で買った木刀を振り回したり、黒魔術の本を読んだり』
人の話を聞かない子らしい。
『先日。期末試験も終わったことやし、訓練で2階から飛び降りたわけ。そしたら、骨折して、このざまや』
見た目はかわいいのに、残念すぎる。
『鬼がどこにいるやも知れんのにな』
明日花のくだらない話を聞いているうちに、どうでもよくなっていた。
とはいえ、感情のはけ口は見つからず。
『……鬼なんかいるわけないよ』
邪魔をした明日花にぶつけてしまった。
『現実を見たら、どう?』
直後に後悔をした。
『いや、現実なんて地獄だな。だって、だって……』
亡くなる間際の父さんの顔を思い出して、嗚咽が漏れる。
すると、頭が柔らかいものに包まれた。母さんを思い出す温もりに満ちていた。
『あんなことがあったんだもんな。地獄やろ』
頭上から明日花の声がする。
反応から察するに、僕の家の事件を知っているようだ。ニュースにでもなったのだろう。
『でもな、つらいときは……おっぱいで癒やされておけばいいんや』
この物質はおっぱいだったらしい。母以外の胸に触れるのは初めてで、気づかなかった。巨乳看護師さんもいたか。
『どうや、幸せになれるやろ?』
どう答えたらいいのか?
『貴様、巨乳派か? これでも、あーし、中2の平均よりは大きいんやぞ』
彼女の鼓動から気持ちの温かさが伝わってきて。
すっかり、死ぬ気が失せていた。
翌日。明日花は漫画とラノベを持って、僕の病室にやってきた。
『まずは、この作品あたりが初心者向けかな?』
『へっ?』
『漫画とラノベを読みたいんやろ?』
『僕、ひと言も言ってないよ』
『あーしが決めたんやし』
強引すぎる。
『いいか。現実がクソゲーで地獄だってんなら、逃げろ』
『へっ?』
『娯楽は過酷な現実を忘れさせてくれる』
『そうなの?』
『楽しいギャグ漫画は笑って気分を明るくしてくれる。笑いはメンタルの健康にもいいんや』
目から鱗だった。
『エッチなラブコメはヒロインがかわいくて、幸せな気分になれる』
『へぇ』
『少し切なさの入ったラブコメは心が揺さぶられる』
明日花は声のトーンを低めにする。
『鬱展開の多いダークな作品は、つらいと思うやろ?』
『う、うん』
『たしかに、現実がしんどいから重い作品を読みたくないという考えもありや』
明日花は深呼吸すると、僕の目をじっと見つめ。
『でも、つらい目にあった主人公やヒロインが救われていく過程をとおして、読者自身のやるせない気持ちが軽くなることもあるんや』
当時の僕には難しくて、理解できていなかった。
けれど、同じ年の中2病の少女が大人に見えていた。
『天道さんがそこまで言うなら、僕も読んでみる。現実から逃げたいし』
僕がオタクになった瞬間だった。
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