第6章 推しとの縁

第28話 現実なんてクソゲー

 僕の父は生真面目な銀行員をしていた。


 仕事は忙しく、帰りは深夜がデフォルト。

 なのに、休日は書斎で小難しい本を読んでいる。


 夢のランドで昼寝をしたとき、夢に登場した父は本物とそっくり。


 また、父は単に真面目なだけでなく、正義感が厚くて、人情味のある人だった。


 たとえば、幼少時から陰キャな僕は、よく学校でいじめられていた。

 ある日、ビリビリに破られた教科書を父に見つかった。


『翔琉、おまえにも問題があるかもしれないが、だからといって、いじめていい理由にはならない。学校に相談にいくぞ』


 学校に乗り込んでいく。

 学校側が体裁を守ろうとすると。


『理不尽なことを言うのであれば……』


 父は教師を睨み。


『たとえ、学校が相手であっても、戦うからな』


 まるで、ドラマの中の銀行員みたいにすごんだ。10倍返しぐらいしそうな殺気を放って。


 学校側も父を敵に回したくないと思ったのか、いじめ対策に力を入れるように。僕へのいじめも収まっていく。


 不正や理不尽に対して、真正面からぶつかっていく人だった。

 僕は強くて、まっすぐな父に憧れていた。


 一方、母は控えめで、裏から父を支える人。

 父の言うことを絶対視していて、従順すぎる面はあったけれど、優しかった。


 いずれは父のように立派な大人になりたい。

 中学に入った頃には、アニメやゲーム、ラノベといった娯楽にも触れず、勉強に打ち込んでいた。

 友だちはいなかったものの、僕は幸せだった。


 しかし、現実はクソゲーだ。

 中2の6月。僕たちの平和は終わりを迎えた。


 土曜日。いつもなら書斎で本を読んでいる父が、なにもせずにぼんやりとしていた。


『あなた、どうしましたか?』

『い、いや……なんでもない』

『そ、そうですか。なにかあったら、言ってね』


 強がる父の返事を母は素直に聞く。


 いまになって思う。

 そのときに僕か母が気づいていれば、惨劇は防げたかもしれないのに。


 それから2週間ぐらいして、父の様子がさらにおかしくなる。


 朝食時には新聞を読むのが習慣だったのに、新聞を読まない。食事も一口ぐらいしか食べずに、栄養ドリンクだけを飲む。ため息を50連発する。

 さすがに見かねた母が。


『あなた、最近おかしいわ』

『……なんでもない』


 頭をくしゃくしゃかきむしって、父は答える。


 僕は父の変わりようが悲しくなって、言葉を失う。

 母は涙目になる。


『悪い』


 父は謝った後。


『……上司が会社の金を横領しているようなんだ』


 ポツリとつぶやく。


『お世話になっている人だから、信じられなくてな』


 曲がったことが嫌いな父でも迷うのだと思い知らされた。


『でも、おまえたちのおかげで目が覚めた。相手が誰であっても、戦う』


 そういうと、父の顔に生気が戻っていく。


 それから何日かは平穏だった。


 ところが、1学期の期末試験も近づいてきた、ある日。

 父は普段よりも早い時間に帰ってきて。


『まずいことになった』


 頭を抱えていた。

 翌朝、仕事に出かける時間になっても家にいた。


『父さん、仕事は?』

『……もう行けないかもしれない』


 僕は母と顔を見合わせる。


 その後、学校に行ったものの、気が気でない。

 ぼうっとして、先生の声も耳に届かない。


 3時間目の数学の授業中。


『夢咲、この問題を解いてみろ』


 指されても気づかない。


『ちょい、あんちゃん。目を開けたまま、寝取るんか?』


 横の席にいた女子に肩を叩かれて、我に返る。

 彼女が、天道明日花だった。当時は隣の席にいても、全然話さなかったのだが。


 続けて、明日花は自分のノートを床に落とす。

 拾った際に、僕に答えが見えるようにして。

 おかげで、怒られなくて済んだ。


 ちなみに、その出来事をきっかけに、明日花と仲良くなったわけではない。


 その日は放課後になるまで、胸がザワザワしていた。

 家に帰る。


 両親がリビングで難しい話をしていた。

 顔を出すのがためらわれるが、僕も事情を知りたい。

 ドアを少しだけ開けて、盗み聞きをする。


『なんで、あなたが横領したことになってるんですか?』

『上司は俺に罪を被せるつもりらしい。正義感ぶった俺が嫌いだったってさ。俺ははめられたんだ』

『あ、あなた……』

『上は警察に相談している。完全に俺が犯人扱いされて、自宅待機を命じられたってわけ』

『……そんなの理不尽です』

『理不尽だよな。でも――』


 父の乾いた笑みがリビングに響く。


『結局は、正義は暴力に敗れるんだ。俺の生き方は間違っていたのかもしれない』


 諦めきっていて。


(こんなの父さんじゃない!)


 僕は父に裏切られたと思ってしまった。

 見ていられなくて、僕はその場を逃げ出した。


 公園で時間を潰す。

 夕方になって、腹が減る。家に帰りたくない。金はない。

 仕方なく、家に戻った。


 夕食後。


『翔琉、今日は一緒に風呂に入らないか?』


 覇気のない顔をした父に誘われる。


『ごめん。僕、もう父さんとは入らない』


 差し出された手を僕は拒否した。拒否してしまった。永遠に悔やむことになると知らずに。


 父の後、モヤモヤした気分で、入浴を済ませる。

 風呂から出ると、髪も乾かさずに、ベッドへダイブ。


 そのまま、意識を手放して――。


『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっ!』


 絶叫で、睡眠が中断させられた。

 母の声だった。


(なにが起きた?)


 とりあえず、母のところに行こう。


 部屋の電気をつけたとき。

 父が僕の部屋に入ってきて。


 その手に包丁が握られていて。

 赤い液体が絹糸のように垂れている。


『と、父さん⁉』

『翔琉、すまんな』


 強かった父は、いじめられっ子の小学生みたいに涙をこぼしていて。

 動けない僕に向かって。

 気づけば、鈍い銀色の刃が僕の腹をえぐっていて。

 全身から力が抜けていく。


 それが、僕が父を見た最後だった。


 目を覚ましたら、不慣れな天井を見上げている。

 僕は入院しているらしい。


 父が無理心中を図り、両親は亡くなったと知らされた。 

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