第27話 推しへの隠しごと

「えっ?」


 雪乃さんが真っ青な顔をして、僕の足元を見つめる。


「翔琉くん……お化けだったの?」

「なんで、そうなるの⁉」


 すると、雪乃さんは紗菜と呼ばれた女子を一瞥し。


「その子が言ったし。翔琉くんがお父さんに殺されたって」

「あっ」


 雪乃さんに秘密をバラされたショックできちんと聞いてなかった。


 あわよくば、冗談に持っていけるかも。

 だって、せっかく雪乃さんが前向きになってきたのに、下手したら振り出しに戻ってしまうから。


「僕に足がついてるの、雪乃さんも知ってるだろ?」

「うん、お風呂で確認してるものね」


 紗菜の発言を打ち消すはずが、変な方向になってしまった。


「お風呂って……根暗君が美少女とよろしくやってるなんて、許せないんだけど」

「中学時代はお化け並みの存在感だったんだし、お化けやろ」

「お化けなら子作りできないだろうし、まだ許せるぜ」

「マジ受けるんだけど」


 元同級生たちは鼻で笑う。

 中学時代の黒歴史が蘇ってくる。


(明日花と友だちになる前、ガチでボッチだったんだからな)


 こういう奴らを相手にしても時間の無駄。

 逃げるにかぎる。


 嫌なことから目を背け、VTuberの世界に楽しみを見出すのが、僕の生き方だ。


「雪乃さん、行こっか」


 雪乃さんの手をつかむも。


「翔琉くん、さっきの子が言ってたこと、どういうことかな?」


 雪乃さんの足が止まっていた。


「お化けうんぬんの話か?」

「素で言い間違えたっぽかったし……気になって」


 ここで強引に離脱し、雪乃さんへは適当に誤魔化したら?

 雪乃さんの性格を考えると、僕に変に気を遣うだろう。


 ただでさえ、メンタルに爆弾を抱えている子だ。僕のことで負担をかけたくない。

 だからといって、秘密を打ち明けるのも、雪乃さんへ悪影響を及ぼしかねない。


(どっちを選んでも良い結果にならないし)


 頭を抱えていたら。


「そいつ、お化けになりかけたんだよね。父親に刃物で刺されて」


 紗菜が暴露してしまった。


「……ちっ」


 僕が舌打ちをすると。


「えっ、本当な……の」


 案の定、雪乃さんは絶句していた。


「陰キャ君、親が自殺しちゃうなんて、弱っちぃなぁ」

「マジでウケるよね」


 言葉が出てこなかった。

 時が流れ、割り切ったと思っていたのだけど。


(気持ちがぐちゃぐちゃすぎるときって、動けないんだなぁ)


 なぜか冷静に分析しているのに、無力感に襲われていた。


 VTuberの世界に救われたはずなのに。

 ちょっとしたきっかけで、鈍い痛みが押し寄せてくる。


 雪乃さんも固まってるし、僕も逃げる力はない。


(いっそ消えてしまいたい)


 最悪の考えすら脳裏をよぎったときだ――。


「おまえら、なにやってんや」


 聞き覚えのある声がして。


「あーしの連れをいじめるんやったら、分厚いラノベで殴るぞ。ラノベが武器になると思い知らせてやる」


 両手に買い物袋を持った明日花がいた。なお、袋には美少女のイラストが描かれてある。そういえば、ラノベとマンガを大量に買い込んだと言っていた。


「あの頃の夢るんを知ってて笑う奴は、人間やない」


 僕の友だちがかっこいい。


「ちっ、明日花っち、あいかわらず根暗君の味方なんだね」


 同中なので、向こうも明日花を知っているらしい。


「もしかして、金をもらって傭兵やってるとか系?」

「いや、エロいことやらせてて、陰キャ君が金払いいいから守ってる系なんじゃね?」

「クソ陽キャは黙るんや」


 明日花の声は低くて、どす黒いオーラを放っている。


「あーし、暗黒拳の使い手なんや。自分のHPを犠牲にして――」

「明日花の中2病、ウザいし、ガチで噛んでくるからたまったもんじゃないんだけど」


 紗菜が露骨に嫌そうな顔をする。


「まあ、楽しめたし、そろそろ行こっか」

「またな、陰キャ君。お化けになったら、ハーレムできて良かったな」

「それ、ウケる」


 紗菜たちは大笑いしながら、僕たちから離れていく。


「ふたりとも大丈夫かな?」

「あ、ああ。明日花、助かったよ」

「ありがとうございます」


 明日花は僕と雪乃さんを交互に見て。


「デートってマジやったんや」

「「……」」

「詳しくは明日にでも事情聴取するとして」


 明日花はニヤニヤする。


「邪魔者は退散しましょうや」


 買い物袋のひとつを僕に渡すと。


「重いから、夢るん持って帰って。読み終わったら、学校で渡してや」

「お、おう」


 明日花は僕たちに背を向けて、去っていく。

 嵐のような女だ。


「明日花、ありがとな」


 小さくなりゆく背中に向かって、僕は礼を述べる。

 親友に感謝する一方、無力な自分が歯がゆくて、いたたまれなくなる。


(雪乃さんとふたりきりになって、気まずいんだけど)


 同居だし、下手に逃げられない。


「天道さんは知ってるのよね?」


(やっぱ、聞かれるよね?)


「ああ。明日花は僕が病んでたのを見てるからな」


 雪乃さんは何度か深呼吸すると、僕の手を握ってきた。


「あたし、翔琉くんの力になりたいの」

「雪乃さん」


 どうしよう。

 紗菜とかいう人にバラされたのもあるが。


 明日花が僕の秘密を知っているのは明らかなわけで。

 雪乃さんにだけ言わないのはよくない気がする。


 迷ったすえに。

 覚悟を決めた。


「明日、話すよ」

「……ごめんなさい。つらいでしょうに」

「いいんだ。すぎた話だし」


 僕をいたわる推しが尊すぎて。

 どうやったら、一番、彼女を傷つけないで済むのか?


 無言で帰宅する道中も、ずっと考えていた。

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