第26話 推しとの距離
カラオケを1時間ほどで終わらせて、外へ出る。
すでに午後1時をすぎていた。
「ランチ、なにか食べたいものあるから?」
「うーん、あっ!」
雪乃さんはポンと手を叩く。
「行きたいカフェがあって、あたしが案内するね」
5分ほど歩いてやってきたお店。店の入り口に見慣れたキャラクターがいた。
「そういえば、ここでコラボやってんだったな?」
「そう。あたしも監修してるわ」
現在、ドリーミーカントリーとカフェの運営会社がコラボしている。
特別メニューを注文すると、特典がもらえる。
僕も試験が終わったら行くつもりだったが。
忙しい雪乃さんに付き合ってもらうのもどうかと思って、明日花でも誘う予定だった。
「僕的にはものすごく助かるけど、せっかくの休みにいいの?」
「ん。今日は翔琉くんに喜んでほしいから」
推しがかわいすぎる。
ここまで言わせておいて、気を遣って断るのも野暮だ。暑いなか、歩かせたし。
満席だった。客待ちリストを見る。幸い、僕たちの前は3組だったので、名前を書いて待つことにする。
その間にメニューを見る。
「『ひよりのスイカ割りパフェ』が楽しみだなぁ」
「レシピはあたしが考案して、試食もしてるから期待して」
「雪乃さんが保証するなら、外れないな」
「あとは、『まりぃのふわふわオムライス』も絶品みたい。春菜によると、『私のおっぱい級にふわふわしてるの~。食べるASMRだから~』だそうよ」
横に座る雪乃さんの胸を見てしまった。キャミソールを盛り上げる谷間は深い。
桜羽さんは雪乃さんよりも大きいわけで。
(ごくり)
「それはおいしそうだね」
「翔琉くんのエッチ」
失言してしまった。
「悔しいから、明日はあたしのおっぱいオムライスを作る。あたしの方が上なのを証明してみせるわ」
普段は感情を出さない雪乃さんが、親友に対抗心を燃やしている。
そうこうしているうちに、僕の名前が呼ばれた。
オムライスを注文するのはやめて、カレーとパフェにした。なお、雪乃さんはオムライスを頼んだ。
味は雪乃さんが太鼓判を押すだけあって、おいしい。
「雪乃さん、パフェ食べてみる?」
「あたしのパフェをふたりで一緒に食べる。幸せしかない」
コラボ対象の本人と分け合って食べるパフェは甘くて。
(幸せすぎて、生きてて良かったんですけど)
親の件があって以来、何度も現実逃避してきた。
逃げた先がVTuberで、夏川ひよりちゃんにはまって。
今、こうして、本人とデートを楽しめている。
つらかった日々も意味があったかもしれない。
(平和な日常を大切にしなきゃな)
料理とともに噛みしめた。
食事を終え、店を出る。
食後は本屋をブラブラしたり、ゲーセンに行ったり。
気づけば、夏の陽も傾き始め、雲が朱に染まっていた。
「雪乃さん、最後に行きたいところがあるんだけど」
「翔琉くんに任せる」
地下鉄に乗って、2駅で降りる。地下鉄の出入り口を出ると、ランドマーク的な尖塔の真下にいた。
塔の周辺にはショッピングモールや公園がある。
僕たちは公園に行った。
すでに、塔はライトアップし、水色に光っている。
カップルたちはベンチに座り、夕暮れの絶景の中、盛り上がっていた。
雪乃さんが腕を絡ませてくる。
僕は緊張しつつも、彼女をエスコートしようとがんばってみた。
がんばってみたけれど、経験値が不足している。周りのイチャつきっぷりがすごすぎる。
「そ、その、ベンチにでも座ろっか」
ベンチを軽くはたいてから、雪乃さんに先に座ってもらう。
そよ風が彼女の銀髪をなびかせる。
夕焼けや、塔の光を浴びた彼女は幻想的で。
「きれいだな」
「景色がきれいだね」
「雪乃さんも」
つい言ってしまった。たぶん、周囲のカップルに当てられたのかもしれない。
僕は雪乃さんの隣に腰を下ろす。
「あたし、翔琉くんと一緒にいられて、夢みたいに楽しい」
雪乃さんの目を見る。
あの日、橋から飛び降りようとしていた彼女とは別人みたいに活き活きとしていた。
「よかったな」
心の底からうれしくて、声が高くなる。
「うん、翔琉くんのおかげで、現実も悪くないと思えてきたの」
「よかったな」
今度は声が沈んでしまった。
(なんで、僕、モヤモヤしてるんだろ?)
腹の古傷をさすっていたら。
「翔琉くん、なにか悩んでるの?」
「ごめん、せっかくのデート中なのに」
勘のいい雪乃さんは僕の様子が変なのを察してしまった。
黙っているのも、彼女を不安にさせる。
考えた結果、本音を打ち明けることにした。
「雪乃さんが少しは現実を好きになってくれて、僕はうれしいんだ。でも――」
「でも?」
「『雪乃さんに夢を見せる』という目標を達成するわけなんだけど」
「う、うん」
「うれしいんだけど、そしたら同居も終わりだと思ったら、複雑な気分で……」
「翔琉くん、家を出ていくの?」
雪乃さんは首をかしげている。
「だって、もう同居する意味もなくなるし。出ていかないとマズいよね?」
「ううん、翔琉くんとは愚痴聞き役の契約も結んでいる。だから、これからも一緒に寝てほしい」
僕が勝手に思い込んでいただけらしい。
「けど、高校生の男女が同居するのは良くないんじゃ」
「あたし、翔琉くんとずっと一緒がいい。一生、おいしい料理を作り続けるから、家にいて」
なにを言われたのかわからなかった。
雪乃さんの琥珀色の瞳がまっすぐに僕を捉えていて。
さらに、数秒遅れて、脳が言葉の意味を処理して。
(僕、推しにプロポーズされたの……?)
これは夢だ。夢にちがいない。
頬を叩くというテンプレをするも、夢は覚めない。
事実に興奮すると同時に、情けなさにも襲われた。
雪乃さんに言わせてしまったからだ。
僕は彼女を守ると決めたのに。
「僕も雪乃さんと一緒にいたい」
順序は変わってしまったが、僕からも言わないと。
「雪乃さん、外だとクールなのに、家だと甘えん坊で、寂しがり屋。そんなギャップが最高にかわいくて、推したくなる」
ほぼ、告白だ。
「翔琉くん、優しくて、あたしが愚痴ってもどっしりと受け止めてくれて、パパみたいで。あたしの寂しさを埋めてくれる、最高の人」
周りのカップルに負けないぐらい、僕たちも盛り上がる。
徐々に空は暗くなり始め。
さらにカップルたちはイチャつき出す。キスをしている人までいた。
雪乃さんはカップルたちを見ると、自分も瞳を閉じた。
さらに、僕の方に唇を突き出す。
(していいってことだよな?)
僕は唾を飲み込んだ後、勇気を出す。
徐々に顔を近づける。
(うわっ、顔が小さいだし、肌もきれい)
彼女に触れ合う、1秒前。
――チャリン!
僕のスマホが鳴った。
「ご、ごめん」
「こほん」
僕たちは距離を取った。
「ス、スマホ見たら?」
「そ、そうだな」
気まずさを解消するためにスマホをチェックした。
明日花からのLIMEだった。
『ラノベとマンガを買いまくって重いから、荷物持ちやってくれね?』
『今、デート中なんだけど』
断った。
『夢るんがあーし以外とデートするはずないやん』
せっかくの雰囲気が台なしである。
「か、帰ろっか?」
「そうだね。今日も配信があるし」
せっかくのデートが締まらない終わり方になった。
(いや、帰宅するまでがデートだろ)
キスは無理でも、帰り道でリカバリーしよう。
いちゃつくカップルを横目に駅へ。
公園から駅に行くにはショッピングモールを横切るのが最短だ。
いったん、モールに入った。
モールでも雪乃さんは視線を集めている。
前を男女数名の高校生グループが歩いていて。
どこかで見覚えがある顔で。
でも、どうでもよくて、横切ろうとしたら。
「あ、あれ、どっかで見た顔じゃね?」
「マジだ。超絶美少女の連れって、オタクじゃんか」
嫌な胸騒ぎがして、無言で通りすぎようとするも。
「ねえねえ、夢咲君だっけか?」
僕の名字を呼ばれてしまう。
「翔琉くん、知り合い?」
思い出したくなくて、返事を戸惑っていると。
「なあ、オレら同中だろ。つれないこと無視すんなよ」
腕を引っ張られた。
「英二、そいつ根暗なんだし、無理よ」
そう言ったのは、たしか、中2のときに同じクラスだった女子だ。
「なあ、紗菜。そいつって、たしか……」
「うん、父親が自殺した挙げ句に、父親に殺された根暗君よ」
父に刺された時の痛みが蘇った。
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