第25話 推しとデート

 期末試験も無事に終わった。

 雪乃さんと黙々と勉強したおかげで、中間試験よりも手応えはあった。

 おかげで、なんの心配もなくデートを楽しめる。


「翔琉くん、お待たせ」


 待ち合わせの30分前。雪乃さんがやってきた。


「雪乃さん、早すぎ」

「だって、翔琉くんに1マイクロ秒でも早く会いたかったんだもん」


 推しがかわいすぎる。


「だったら、一緒に家を出ればいいよね?」

「……死んでもイヤ」


 雪乃さんの場合は冗談に聞こえない。


「じゃ、行こうか」


 僕は話をそらした。

 じつを言うと、前回とちがって、僕も待ち合わせをしてドキドキしていた。

 集合時間の30分以上前に来たのも心を落ち着かせるため。


 心臓に手を当てていたら。


「ん。むぎゅってしていい?」


 上目遣いでねだられる。


 今日は正式なデートだし、僕からリードしなきゃ。

 僕は彼女の腕に自分の腕を絡ませる。


「あ、暑いな」

「あたしも。翔琉くんとのデートが楽しみすぎて、子宮の奥が燃えてるの」

「……あははは」


 僕は苦笑いした後。


「こんなに早く梅雨明けするとは思わなくて、めっちゃ暑いな」


 まだ7月の上旬。朝10時だというのに、梅雨明けの太陽が猛威を振るっている。


「夏といえば、キャミと思ったんだけど」


 雪乃さんは僕をじっと見る。

 彼女の要求はわかっている。


「ペールグリーンのキャミは落ち着いた雰囲気だし、清涼感もあって、雪乃さんの銀髪に似合っていると思うよ」

「ありがと」


 ニコッと表情を崩す雪乃さん。誰が氷の女王だと思うだろうか?

 繁華街を歩いていると、周りの人が雪乃さんをジロジロ見るし。


「すげぇ美少女だよな」

「おっぱいデカいし、彼女にしてぇ」

「一緒にいる男、冴えてなさすぎて彼氏とは思えないんだけど」


 雪乃さんが完璧美少女なので、僕と釣り合いが取れていない。


 数分、歩いて商業ビルに入る。一気に涼しくなる。

 エレベータに乗った。立ち止まったとたんに、汗が噴き出してくる。


 それなりに混み合っている密室。

 雪乃さんと触れ合う距離だ。彼女の穏やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 雪乃さんが僕の胸元に顔を近づけていた。


「くんくん」

「なにやってるの?」

「なにって、もちろん、翔琉くん成分を補充してるの」

「……」

「クーラーの効いた自宅にいるときでは味わえない、芳醇な美味よ」


(推しが変態になってしまった⁉)


 戸惑っていたら、エレベータのドアが開いた。ちょうど、僕たちが降りる階だ。


「今日はあたしの見たい映画に付き合ってもらって、ありがとう」

「別に。推しとリアルで同時視聴できるから、むしろ助かる」


 推しとデートできるなんて、僕の夢は叶ってしまった。


 事前に予約していたチケットを発券する。

 飲み物とポップコーンを買って、入場した。


 しばらくして映画が始まる。

 アイドルアニメの映画だった。


 主人公は天涯孤独の少女。学校でいじめられ、頼る人もなく、世を恨む少女。

 寂しさから逃れるために、公園で歌い続ける少女。


 芸能事務所でアイドルのプロデューサーをしている男性が通りがかり、少女の才能を見出す。

 アイドルとしてデビューした少女が夢を掴み、プロデューサーと恋をして。


 でも、人気を得たと思ったら、周囲の嫉みで少女は炎上し。

 逃げ出した少女をプロデューサーが救って、エンディングを迎える。


 典型的なシンデレラストーリーだった。


 映画が終わり、近くの喫茶店に行く。

 雪乃さんは熱い紅茶を飲みながら。


「ストーリーはひねりはないけれど、とにかくまっすぐで個人的には好感が持てたわ。絵も綺麗だし、声優の演技も申し分ない。劇中歌は曲もいいし、歌詞にも共感できる」


 映画を分析して、ノートにメモを取っている。


「夢のランドでもメモを取ってたけど、仕事に関係するの?」

「他の子がどう思うかは知らないけど、あたし的には関係する」

「そうなんだ」

「うん。実際、春菜はまったくメモしないし」


 インプットの仕方は人それぞれなのだろう。


「あたしたちもエンタメ業界の人間。知らない人から見れば、ゲームして、しゃべって、歌ってるだけかもしれない」

「悲しいけど、ゲーム実況なんて誰にでもできるとまで言う人いるしね」


 僕には絶対にできない。他人が見て面白くゲームするだけでも大変なのに、トークでも楽しませないといけないんだから。


「エンターテイナーとして、さまざまな娯楽に触れる必要があるの。良かったところ、悪かったところを分析して、活動の参考にしたいから」


 雪乃さんから仕事への情熱が伝わってくる。


 本人はクールで、演技と言っているけれど、本音では真剣なのだ。

 ひよりちゃんがまっすぐだからこそ、僕は彼女に救われたわけで。


「僕、素人だけど、雪乃さんをサポートする立場だから教えてほしいんだ」

「ん?」

「映画を活動の参考にするって、どういうこと?」

「翔琉くん、さっきの映画を見て、なにを感じた?」

「うーん、作画すごいなとか、ライブシーンの3Dが神がかってるとか、ピュアな主人公が尊いとかかな」

「翔琉くんの感情は動いてるの」

「そうだね」


 雪乃さんは一呼吸置いた後。


「じゃあ、あたしの配信で思ってることは?」

「面白い、かわいい、尊い、ひよりちゃんしか勝たん、結婚したい」

「け、結婚⁉」


 クールな雪乃さんをびっくりさせてしまった。

 自分が大胆な発言をしていたのに気づいて、恥ずかしくなる。


「そういう意味じゃないから安心して」

「べ、べつに……だったら……イヤじゃな…………のに」


 途切れ途切れで雪乃さんの言葉が聞こえなかった。


 微妙な沈黙が流れる。

 1分ほどして、雪乃さんが口を開く。


「映画と、あたしの仕事。共通してるものは?」


 雪乃さんが無表情に戻っていた。


「そうだなぁ。なにかしらの感情が動いてることかな」

「正解」


 ほっとした。


「あたしは映画を見て、人の感情の動きを分析しているの。ストーリー自体の流れ、キャラのセリフ、映像、音楽などなど、すべての要素が教科書になるから」


 プロ意識が高くて、尊敬しかない。


(ひよりちゃんを最推ししてよかったなあ)


 推しがまぶしいと同時に。


(あれ、僕……)


 胸の中にわだかまりも感じてしまった。


「今日はデートなんだから、気を抜いてもいいんじゃないの?」


 思わず言っていた。

 なんで言ったのか、自分でもよくわからない。


「でも、あたし、みんなに楽しんでほしいから」

「みんなか……やっぱ、そうだよね」


 雪乃さんは僕を恋愛対象として見ていない。

 わかっていても、モヤモヤする。


「お茶も飲み終わったし、この後、どうする?」

「カラオケでも行かない?」


 カラオケに。

 結論からいって、最高だった。


(だって、歌が得意な推しの生歌を聴けるんだよ)


 ファンとしてはうれしいしかない。


 なのに。

 雪乃さんは1曲歌い終わるたびに。


「うーん、今の曲、もっと高音が出たはずなんだけどな」


 反省点をメモっている。


(デートって、こういうものなんだっけ?)


 童貞にはわかりません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る