幕間

第23話 【日曜歌枠】月曜日を吹っ飛ばそう!!【夏川ひより/ドリーミーカントリー】

【清氷雪乃視点】


 翔琉くんと夢のランドで遊び倒した数時間後。

 あたしは毎週日曜日の夜にしている配信を始めた。


 1日歩き回って疲れている。

 肉体面だけを考えれば、休むのもありなのかもしれない。


 けれど、日曜日の21時から歌枠をする習慣ができあがっている。

 あたしの個人的な都合で中止にしたくない。ファンの人も心配するかもしれないし。


「こんばんは〜。ドリーミーカントリー3期生。夏担当の夏川ひよりでーす。今日も元気に暑く配信していきます」


 あたしの普段のキャラとは真逆な明るい声。いつもは演技だと割り切っている。

 が、今日にかぎっては、とくに意識しなくても、ひよりボイスが出た。


:あれ、今日のひよりちゃん、いつもより元気よくない?

:元気が限界突破している

:特殊なダンジョンを攻略して、限界突破のアイテムをゲットしたんじゃね?

:なにか良いことあったとか?


 自分では気づかなかった。


「機材はいつものものだし、OBSの設定もいじってないよ。でも、元気いいって言われて、うれしいな。じつは、今日は遊び回って、疲れてたから」


 軽く話すぐらいなら問題ないだろう。


「夢のランドに行ったんだよね。部外者の友だちと行ったから詳しくは話せないけど、めっちゃ楽しかったよっ。それで、テンション高いのかも」


:部外者の友だちとか言って、卒業したドリメンの可能性は?


「卒業したドリメン? 幻のメンバーがドリーミーカントリーにいたってこと?」


 ドリメンとは、あたしが所属するドリーミーカントリーのメンバーを指す。


 うちの事務所には、引退した子はいない。

 コメントを書いた人の意図は正確には不明だけれど、あたしを怖がらせようと架空のキャラを生み出した可能性がある。

 スルーするよりは、ファンサしたい。


「幻のメンバーってお化けじゃん。あうぅっ、こわいよぉっ」


 わざと怖がってるっぽく振る舞う。

 が、今日はリアルっぽいミイラの模造品を見てしまった。


(思い出させないでくれるかな?)


「さっ、トイレ行けなくなりそうだし、歌っていこう!」


 頭を切り替える。


「最近、梅雨でジメジメしてるけど、よどんだ空気を歌で吹っ飛ばすぞ」


:空気を吹っ飛ばす歌?

:歌の力を信じるんだ


「あたしの歌を聴けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!」


 あたしは割れない程度に叫んだあと。

 ロボットアニメ『ウタロス』の曲を流す。


 ちょうど今日歌おうと思っていた曲なんだけど、タイミングが良かった。

 というのも、『ウタロス』歌の力をテーマにしたアニメだから。歌を動力源にロボットが動くし、歌で天候の操作もできる。


 月曜日を考えると嫌で嫌でたまらない、日曜夜という憂鬱な時間。

 歌で少しでも気分が明るくなるならと願って、あたしは日曜歌枠を始めたわけで。


 歌が無限の可能性を秘めた設定のアニメの曲を、今の流れで歌えて幸せだ。


 ノリのよい曲で、リズムを取るのも難しいし、口も回りにくい。それでも、練習を積んだ曲だったので、最後までミスなく歌うことができた。


:ひよりちゃん、歌声もいつもより伸び伸びしてない?

ドリームフラワー翔:ひよりちゃん、お疲れさま。元気な歌声が聞けて、月曜日と戦う勇気が持てました ¥500


 スパチャを見て、噴き出しそうになった。


(翔琉くん、なにやってるの?)


 今日1日。付き合ってくれただけでなく、配信とスパチャまで。


 今日といえば。


 彼を騙してしまって、罪悪感を覚えている。

 彼に春菜がどうしたかと聞かれ、急な仕事と答えた。

 しかし、ウソだ。


 春菜が翔琉くんを誘った日の夜。春菜からLIMEが来た。


『雪ちゃん、お膳立てはしておいたよ〜。デートを楽しんできて〜』


 春菜はあたしのために動いたらしい。

 

『春菜、デートってどういうこと?』

『翔琉くんと一緒に遊びたいんでしょ〜?』

『彼は特別な人だから』

『特別って、やっぱ、そういうことだよね〜』

『そういうこと?』

『とぼけちゃって。お幸せにね〜。恋する乙女さん』


 あたしが翔琉くんを好きと言ってるとしか思えず。

 どうしていいかわからなくなってしまった。


(あたしに恋する資格なんてないのに)


 あたしは自分のせいで、大好きなパパとママを殺してしまった。

 だから、あたしは。

 幸せにはなれないし、夢を見てもいけない。


 だというのに。

 観覧車の中で、あたしは翔琉くんにすべての秘密を打ち明けていて。

 彼はあたしは悪くないと言ってくれた。


 彼に言われたからといって、これまでの考えを捨てられない。

 けれど、ここ数時間、心の重荷が軽くなったのも事実で……。


 プロ失格だとわかっていても、彼のことが頭をちらついたまま、配信を続ける。

 1時間ほど歌って、事前に用意しておいた曲を歌い終える。


「じゃあ、この後はスパチャのお礼をしますね」


 スパチャを送ってくれた人の名前と、感謝の言葉を述べながら、ふと思った。


 VTuberを始めた動機は不純だった。

 両親の死後、あたしを引き取った叔母はあたしを嫌っていた。逃げるための手段として、あたしはVTuberを選んだ。


 事故以来、あたしは人前で話さないようになった。学校のあたしだ。

 もともとは夏川ひよりに近くて。

 いわば、配信中は封印された自分を解放するといったところか。


 リスナーさんに演技した自分を見せることに引け目を感じていたのだけど。

 翔琉くんと話しているうちに、どっちもあたしだと思うようになってきていて。


 以前、悩んでいたことがくだらなく思えてきた。


(リスナーさんが喜んでくれるなら、どっちでもいいじゃない?)


 春菜も自分の活動があるし、あまり迷惑をかけられない。

 だから、翔琉くんがいなかったら、延々とウジウジしていたと思うから。

 

 翔琉くんの存在は――。

 あたしにとって、夢かもしれない。


「ドリームフラワー翔さん。ありがとー↗︎。あたし、夢を見てるかも」


 彼に感謝の言葉を述べながら、ポツリと漏れてしまった。

 彼にだけしか伝わらないメッセージを配信中に入れるなんて、プロ失格だ。

 けれど、なぜかスッキリした。


 しばらくして、配信を終える。

 珍しく、反省材料は少なかった。

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