第21話 人をダメにする夢

 夢のランドは夢に満ちていた。

 行ったアトラクションは、すべて現実離れをしている。

 たとえば。


「翔琉くん、お化け屋敷に行かない?」

「いいけど、お化け屋敷って解釈違いじゃないか?」

「経験してから行ってみよう!」


 ひよりちゃんモードになった雪乃さんに引っ張られていく。

 彼女が足を止めたのは、ピラミッドだった。


「ここよ」

「ピラミッドのお化け屋敷って斬新だな」


(まあ、ピラミッドも墓だし、納得はいくか……)


 足を踏み入れる。

 てっきり外観だけを真似て、内部は鉄筋かなにかだと思っていたのだが。

 石を積んで建設してるっぽい。ピラミッドを現代技術で蘇らせた?


 狭い螺旋状の階段が続き、壁には古代エジプト的な絵が描かれている。

 頭が犬で、胴体が人間のキャラがいる。アヌビスだったか、たしか、死の神だ。不気味である。


 ホントにエジプトに行って、ピラミッドを探検しているような気分になる。

 よくあるお化け屋敷みたいに脅かされるわけではない。

 が、日本人には馴染みがないのに加えて、リアルさもあり、普通に怖い。


 やがて、王の間に着く。

 中央に棺があり、周辺には宝石などの装飾品で飾られていた。


「ひっ」


 雪乃さんが僕の腕にしがみついてくる。

 はからずもお化け屋敷定番のラッキーイベントを回収してしまった。

 胸の感触に至福を感じたのも、つかの間。


「怖っ!」


 棺の中に安置されていたミイラを見て、鳥肌が立ってしまった。


「翔琉くん、怖い」

「そうだな」

「……腰が抜けたかも」

「……」

「抱っこして」

「はい、よろこんで」


 僕は雪乃さんの愚痴聞き役。

(抱っこも職務のうちですよね?)


 勇気を出して、お姫様抱っこ。むっちりした太ももが腕に、甘い吐息が首筋に当たる。


(たしかに、夢のランドかもしれん)


 ピラミッドを出るまで、極上の感触を味わった。


 お昼になっていた。

 レストランエリアに行く。


「食事はどうする?」

「酒場に行きたい」

「酒場? 僕たち未成年だよ」

「ファンタジー世界を模した酒場があるの。未成年も大丈夫」


 冒険者ギルドにあるような酒場だった。

 ソーセージに、シチュー、骨つき肉などなど。それっぽい雰囲気の料理を頼んだだけでなく。


蜂蜜酒ミードって、こんな味なんだな」


 蜂蜜酒を飲んでいた。蜂蜜の濃厚なコクと、スッキリした甘さが非日常的な空間を生み出していた。


「いちおう、ノンアルだからね」

「最近のノンアルすげえな」


 食事を終えて、酒場を出る。


「午前中はあたしの行きたいところに付き合ってもらっちゃったし、ここからは翔琉くんのターンね」

「僕、あまり詳しくないけど、ひとつだけ気になったのがあったんだ」


 地図を見ながら、僕たちが向かったのは。


「人をダメにする夢はどうっすか」


 やる気のない態度で客を呼ぼうとしている妖精コスの女性がいた。胸元の露出が激しく、深い谷間の上半分が大胆なことになっている。


「……翔琉くん、まさか?」


 僕は無言でうなずいた。


「嫌なことを忘れて、夢空間にトリップできるよお。このキノコを食べればね」


 雪乃さんの顔が真っ青になる。


「翔琉くん、つらいことがあったのかもしれないけど、自棄を起こしたらダメよ。ああいうのに手を出したら、人間をやめるって」


 雪乃さんが特大のブーメランを投げていた。人間をやめようとしてから、1ヶ月も経っていないのに。


 なお、ああいう事犯にたいして、『人間をやめますか?』系のキャッチコピーは良くないという声もある。一度でも過ちを犯した人を徹底的に否定する響きがあって、逆に更生を妨げるとか。


「雪乃さん、勘違いしないで。ここは良い夢を見られる場所なんだ」

「良い夢」

「そう。最先端の睡眠誘導装置を使って、昼寝をするんだ。極上のASMRみたいなものらしくて、最高の夢が見られると謳っている」

「ふーん、『最高』って表現は誇大広告にならないのかな。炎上しそう」


 思いもしなかった。さすが、人気VTuber。リテラシーが高い。


「お化け屋敷が怖かったし、ASMRはいいかもね」

「雪乃さん、良い夢を」


 受付を済ませて、係の人に案内され、部屋に入った。

 教室4個分ぐらいの部屋に、ベッドが並べられている。すでにいくつかのベッドは埋まっていて、気持ちよさげに昼寝をしていた。


 ベッドの脇にあるロッカーに貴重品を入れる。自分で決めた暗証番号を入力し、ロックした。

 ベッド脇に説明が書かれた紙が置いてあった。

 ヘッドマウントディスプレイのような装置をかぶって、横になるだけらしい。


 雪乃さんが寝っ転がったのを確認してから、僕も続く。

 ざぁざぁという音は波のよう。

 心地よすぎて、すぐに意識が遠のいていく。


 気づけば、夢の世界にダイブしていた。

 僕は実家の書斎にいて。


「父さん?」


 父が本を読んでいた。背表紙から察するに、経済倫理学の本だ。

 平日は銀行勤めで夜中まで働いて、休日も専門書を読み漁る。

 しかも、たんなる経済学ではない。人道的な倫理を大事にする、父さんらしい本だ。


 夢の中の父さんは白髪が増えていた。亡くなったときは40代前半。髪は黒々としていたのに。

 数年の時間経過のせいで老けてはいたが、穏やかな顔をしていた。


「翔琉か?」

「父さんなの?」

「ああ。私だが」

「うぅっ……」


 夢だとわかっていても、涙がこぼれてくる。


「どうした? 学校で嫌なことでもあったのか?」


 父がハンカチで涙を拭いてくれた。

 父の大きな指は頼り甲斐があって、優しくて。

 最悪の別れ方をした過去がウソのよう。


「そうだ。母さんがケーキを焼いてくれたぞ。甘いものでも食べなさい」


 タイミングを見計らったかのように、書斎のドアがノックされる。

 母さんがケーキと紅茶が乗ったお盆を持っていた。


「母さん?」

「翔琉、お母さんの顔になにかついてるの?」

「ううん、そうじゃないけど、元気な母さんを見たら」

「もう高校生なのに、変なこと言っちゃって」


 古傷の痕をなぞる。いつもとちがって手触りは平坦。手術をしたように感じられない。


 もしかして、ここは……。

 中2の夏。僕たちの家族を崩壊させた例の事件が起きていない世界なんだ。

 いわゆる、並行世界である。


「僕、ずっと、ここにいたい」

「翔琉。だったら、好きなだけいていいぞ」

「そうよ。お母さん、とっておきの料理を作るから」


 目頭が熱くなる。


「僕、もう失敗しない。父さんが苦しそうにしてたら、今度こそちゃんと悩みを聞くから」

「翔琉。子どもなんだから、親に気を遣わなくていいんだぞ」


 父さんに頭を撫でられる。

 肩の荷の力が降りていく。

 現実世界を捨て、永遠に夢の世界にいたい。


 そう願ったときだった――。


「翔琉くん」


 雪乃さんの声が聞こえてきて、意識が現実に引き戻された。


「ぼ、僕」

「気持ちよさそうに寝てたわよ」


 ちょっと恥ずかしい。

 ふたりで外に出る。青空が広がっていた。


「気持ちよかったけれど、極楽すぎて、現実に戻るのがつらいわね」

「……たしかに、人をダメにする夢かもな」

「ええ。敵の罠で、あたしたちを戦線離脱させる気なのかも」

「バトル漫画である精神攻撃系のアレか?」

「ええ」


 雪乃さんは空を仰いで。


「夢が現実だったらいいのに」


 ポツリとつぶやく。


「そうだな」


 心のなかで、1億回うなずいた。

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