第20話 推しとテーマパーク
「じゃあ、僕は自分の家に寄っていくから」
「ごめんなさいね。どうしても、待ち合わせをやってみたくて」
日曜日。夢のランドに出かける日。
朝食後に出かける時間を確認したところ、『家を一緒に出るなんてありえない』とまで言われてしまった。
そこで、僕と雪乃さんは現地で待ち合わせることに。
「でも、家族プレイなら、現地で待ち合わせなくても――」
「そのとおりなんだけど、どうしても今日だけは」
雪乃さんの考えはあいかわらずわからない。
「わかった。雪乃さんがしたいようにすればいいよ」
そう言って、僕は雪乃さんの家を出る。
数日前から梅雨入りしていたが、今日は晴れ間が広がっている。気温も湿気も高い。
自分の家に寄ったものの、特に用事もない。
夢のランドに向かう。予定の30分前に到着してしまった。
開園時間前だというのに、入り口前はにぎわっている。夢のランドは国内有数のテーマパークなので地方から来る人も多いと聞く。
スマホで、夢のランド情報を漁る。
(へえ、遊園地とテーマパークってちがうんだぁ)
遊園地はジェットコースターや観覧車などの遊戯施設というハードを売りにする一方で、テーマパークは特定のテーマにもとづき非日常的な空間というソフトを売りにしているらしい。
夢のランドは、夢をテーマにしたテーマパーク。
一歩足を踏み入れるや、現実を忘れ夢の世界を楽しめるとか。
(今まで興味なかったけど、僕の好みドストライクなんじゃね?)
僕も現実を忘れたくて、VTuberやアニメにはまってる勢だし。
「お待たせ」
顔を上げたとたん、僕は口を大きく開けてしまった。
超絶美少女がいたからだ。
清氷雪乃嬢、本日は淡い水色のワンピースだった。銀色の髪に水色は似合っている。クールな要望もあいまって、涼しげだ。
日本の夏に雪乃さんは必須かもしれない。
「翔琉くん、どうしたの?」
「いや、きれいだなと思って」
「……お世辞うまいのね」
「本音だし」
と言ったら、急に恥ずかしくなってきた。
スマホを出して、時間を確認する。ぴったり10時。待ち合わせの時間だ。
「そういえば、桜羽さんは?」
「えっ?」
「えっ?」
顔を見合わせてしまった。
「だって、僕、桜羽さんに誘われたから」
「えっ、あっ、ああ。そうだよね」
なにか様子が変だ。
「さ、さっき連絡があって、急な仕事が入って来れなくなったみたい」
「そ、そうなんだ」
雪乃さんの動揺は気になるが、知らないフリをした。
雪乃さんに聞いた話だと企業系VTuberは裏でも忙しいらしい。サインを書いたり、グッズの監修をしたり、企画を考えたり、ダンスや歌のレッスンをしたり。
「じゃ、桜羽さんには悪いけど、僕たちだけで楽しもうか」
ふたり分のチケットを購入し、夢のランドへ入る。
そこには、夢の世界が広がっていた。
中世ヨーロッパ風ファンタジーにいるようで。
視線のずっと先には、荘厳なお城があって。
お城の手前には花畑が色鮮やかで。
近くの広場では妖精や獣人がいて。
驚いたのは、スタッフらしき人もコスプレをしていること。
現実にいながら、バーチャルの世界に飛び込んだような錯覚に駆られる。
さらには。
――むにゅ。
「ちょっ、雪乃さん⁉」
雪乃さんが僕の腕に抱きついていた。
(完全に夢の世界だな)
明日花が言うように、おっぱいには夢が詰まってるし。
「子どもの頃、ここに来ると、パパに抱きついてたの」
「お、おう」
なら、断れない。
「雪乃さん、どこに行きたい?」
「えーとね、あたしが案内するね」
雪乃さん、地図も見ず、ためらうことなく歩き始める。鼻歌まじりで、るんるん気分なのが伝わってくる。
数分後、とあるアトラクションの前に僕たちはいた。
「なぜ、トラックが?」
「異世界に転生するためよ」
「へっ?」
「異世界転生以外の理由が考えられる?」
僕が悪者になった気がしてきた。
「ここはね、トラックに轢かれて、異世界転生して、チート気分を味わえるアトラクションなの」
「Web小説じゃないんだし」
Webの異世界小説は、もっとニッチな趣味だと思っていた。
「とりあえず、入ってみよっか」
受付で渡されたのは、VRヘッドセットだった。
被ってみる。
ヘッドホンから声優のナレーションが流れた。
『なんで、オレ、ブラック企業で死にそうになって働いてるんだろ?』
いきなり、夢もなにもない。
どうやら、僕は主役のサラリーマンになりきるらしい。
僕の視界に広がるのは、夜の道。
青信号で交差点を渡っているときだった。
自動車のエンジン音が鳴り響いて。
暗転。脳が揺さぶられたような気がして。
数秒後。金髪の美少女がいた。
『あなたはトラックに轢かれて死んじゃいました。わたしは女神。あなたは異世界に転生して、世界を救ってもらいます』
コテコテのテンプレだった。
『もちろん、転生ボーナスもありますよ。転生先の文明レベルは近代ヨーロッパ的な中世ヨーロッパ。いわゆる、ナーロッパですね。ただし、あなたは魔法で地球の最新兵器を再現できます。あっ、もちろんファンタジー的な魔法も使えますからね』
女神の説明が終わると、僕はナーロッパにいた。中世風の都市近くの草原だった。
『きゃー、助けて!』
いきなり女の子の悲鳴が聞こえた。
少女がオークの群れに襲われている。
『さあ、ファイラーと唱えるのです』
女神の声が聞こえた。
「ファイラー」
すると、炎の塊が出現。飛んでいき、オークを直撃する。敵は黒焦げになった。
『オークを一撃ですって⁉』
少女が目を丸くする。
僕は少女に向かって歩いていた。
少女がはっきり見える。かなりの美少女だった。
『ファイラーは炎系の上級魔法です。わたし、冒険者学校にいますが、初めて見ました。ぜひ、教えてください』
少女が仲間になったかと思えば、抱きついてくる。
(あっ、面白いかも)
夢中になって冒険し、無事に魔王を倒して、エンディングを迎えた。
アトラクションを出たところのベンチに座る。
「ふう、楽しかったわね」
「ストーリー自体は数年前のWeb小説なんだけど、VRだと没入感がちがいすぎて、楽しめるな」
「そうなのよ」
そう言いながら、雪乃さんはスマホをいじっていた。
「気づいたことをメモしてるの。仕事のヒントになればいいと思って」
「雪乃さん、遊びなのに偉いんだな」
「だって、あたしは仕事が好きだから」
迷いなく言い切る雪乃さんの横顔が凜々しくて、推していてよかったと心の底から思った。
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