第17話 推しとランチ会

「いつ僕は中華料理屋に来たのかな?」


 雪乃さんの愚痴を聞く勝負から1時間後。

 清氷家のテーブルには豪華な料理が並んでいた。パクチーとキクラゲの和え物、エビチリ、玉子のスープ、餃子、春巻き、シュウマイ、麻婆豆腐、五目チャーハン、ラーメン。


(完全に中華料理のコースなんですが)


「翔琉くん、気合いを入れて作ったからね」


 雪乃さんは腕まくりをして、自信満々に言う。


「さすが、雪乃コックです」

「……私も料理は得意だし、エビチリは作ったんだからね~」


 桜羽さんは唇を尖らせる。


「でも、雪ちゃんがすごすぎて、叶わないわ~。いつも、お母さんに作ってもらっているし~」


 すぐに桜羽さんは口を押さえた。


「ごめんね~。雪ちゃんの事情を知ってて、しちゃって~」

「ううん、そんなの気にしてたら、生きていけないから」


 雪乃さんは微笑んだが、全然笑えない。


(飛び降りようとしてたの、誰だっけ?)


 桜羽さんには秘密にしたいようなので、おくびにも出さず。


「僕も両親を亡くしてるんだけどね」


 雰囲気が暗くならないよう、おどけた口調で言う。


「そうなの~?」

「親がいたら、雪乃さんの家に泊まれないし」

「むしろ、ふたりとも親がいないのに泊まる勇気がすごいよね~」


 桜羽さんの指摘はもっともである。


「私、たしかに、翔琉ちゃんが雪乃ちゃんの家に住むことを認めたわ」


 そう。僕は桜羽さんのテストに合格していた。


「翔琉ちゃん、雪ちゃんの話を真剣に聞いていたし、アドバイス厨にならなかったもん~」

「うん」

「私的にはアドバイスをしないところがポイント高かったかな~」

「あざーす」


 恥ずかしくて、軽い言い方をした。けっして、陽キャじゃないのに。


「ゲーム配信をしてるとさぁ、ときどきいるのよね~。『あっちじゃない、こっちに行け。ここで、○○をしろ』みたいな指示までする人。そこまで露骨じゃなくても、アドバイスもうざいんだよね~」

「う、うん」


 学校では陽キャで人当たりもよく、VTuberとしては癒やし枠の完璧美少女。急に毒を吐き出した。


「アドバイスがほしいときは私から言うから、余計なお節介をしないでほしいのよ~」

「アドバイス厨は迷惑ですよね」


 僕は調子を合わせた。


「そうなのよ~。学校でも女子から愚痴を聞かされるのよね~」


 話を聞きながら、僕は箸を動かし、麻婆豆腐を食べる。ピリ辛い。人生の切なさを感じた。愚痴を聞いてるだけに。


「女子がね、友だちの話とか言って、気になる男子に恋愛相談をしたんだけど~」


 雪乃さんは黙々と食事をしている。


「好きな子に告白できない女子の不安な気持ちを聞いた男子くん、なんて答えたと思う~?」

「さあ」


 僕は首を横に振る。


「『本気で好きなだったら、コクっちゃえば?』だってさ~。告白できないから苦しんでて、それでもがんばって好きな人に相談してるってのに~」

「はははは」

「どうして、男子ってアドバイスが好きなのかな~?」

「あるあるですよね。で、女子は『アドバイスなんて求めてないの』ってキレる奴」

「それそれ」


 桜羽さんと意気投合してしまった。


「翔琉くん、なんで、あたしに構ってくれないの?」

「なんでって」


(あなたが無言で食べていたからでしょ?)


 機嫌を損ねたくないので、本当のことを言わずに。


「この埋め合わせは後でするから」


 問題を先送りにした。


「翔琉ちゃん、学校ではオタクで友だちいないフリをしてるけど、悩みが聞ける男子は貴重な存在よ~」

「いや、僕は普通の陰キャオタクだし」


 僕は大げさに笑ってみた。


 でないと、仮面が剥がれてしまうかもしれないから。


 2年前、つらい胸のうちを吐露した相手に対して、僕は満足に話も聞けなかった。

 その結果、一生悔やむ事態になってしまった。


 もう過ちを繰り返さない。

 そう思って、相手に寄り添うことを誓った。


 ただ、それだけ。


 ささやかな決意が雪乃さんの心をほぐして、桜羽さんに認められたのだろう。


「雪ちゃん、クールなフリをしてるけど、さみしがり屋でストレスを抱え込んでいる~」

「そうだな」

「私が支えてあげられればいいんだけど、私にも自分の仕事や学校がある~。申し訳ないけど、至らない点もあるわ~」

「無理したら、桜羽さんが倒れるぞ」

「翔琉ちゃん、気遣ってくれて、ありがとう~」


 さっきから、翔琉ちゃんと呼ばれていて、恥ずかしい。というか、陽キャの距離感の詰め方が信じられない。いや、明日花で慣れているか。


「あたしが不甲斐なくて、ごめんなさい。いっぺん、死んできます」

「雪ちゃん、逝かないで~」「雪乃さん、シャレにならないから」


 立ち上がろうとする雪乃さんを僕たちで止める。


「雪ちゃんにはゲームを教わってて、持ちつ持たれつの関係だから気にしないでよ~」


 桜羽さんが言うと、空気が元に戻った。さすが、人気VTuber。


「というわけで、翔琉ちゃんには雪ちゃんをよろしくお願いします~」


 桜羽さんに頭を下げられた。


「いや、こちらこそ」

「けれど、雪ちゃんに変なことをしないか監視させてもらうから~」

「監視?」

「用事がないときは、私もここに来るね~」


 こんなかわいい女子とふたりきりで暮らしてるんだし、無理もないか。


「わかりました。桜羽さんの期待を裏切らないように善処します」

「よろし~。ところで、雪ちゃん、ふたりでなにをしてるのかな~?」

「いつもお風呂に入ったり、同じベッドで寝たりしているわ」

「……理由は? 回答によっては不合格にするわよ~」


(雪乃さん、余計なことを言わないでください)


「あたし、両親としたことを翔琉くんと一緒にしたいの」

「なんで?」

「夢を見られるかもしれないから」


 案の定、桜羽さんは目を点にした。

 しょうがない、僕が説明しよう。


 僕が雪乃さんに夢を見せたいこと。そのために、雪乃さんは両親との思い出を僕と再現したがっていること。

 雪乃さんの事情に立ち入らないよう注意しながら、桜羽さんに伝えた。


「雪ちゃんの気持ちはわかったわ~」


 よかった。


「雪ちゃん、お風呂や添い寝なら、私を相手にするんじゃダメなのかな~?」


 誰もが思うような疑問を桜羽さんが突っ込んだ。


「翔琉くんじゃないとダメなの」

「なんで、僕なの?」

「わからない」

「僕を亡くなったお父さんに重ねてるとか?」

「それはちがう」


 雪乃さんはしきりに首をひねっていた。

 自分でもよくわかってないらしい。

 本当に雪乃さんの思考が謎すぎる。


「わからないけど、翔琉くんは特別。他の男子だったら嫌だった」


 桜羽さんが頭を抱えていた。

 僕はうれしいような、恥ずかしいような。むずがゆい。


「翔琉くんと寝ていると、変な気分になるの」

「「……」」

「安心できるんだけど、朝になったら離れるのが寂しくて、不安になって」

「完全に病気だね~」

「春菜、あたし病気なの?」

「うーん、なんといったらいいか~」


 ふたりの会話を聞いていて、とある考えが浮かんだ。


(いや、まさかな?)


 だって、雪乃さんは僕を男だと意識してないみたいだったし。

 さすがに、ありえない。


「そっちの話は後で私が聞くから~」


 桜羽さんのひと言で甘酸っぱい空気が消え。


「というわけで、私も雪ちゃんの夢探しに付き合うね~」

「桜羽さん、よろしくな」

「春菜、ゲームで埋め合わせするから」


 こうして、僕たちの同居生活に味方ができた。

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