第16話 推しをめぐる勝負
翌日。土曜日の午前中。
「ホントに夢咲くん、雪ちゃんちに住んでるんだね〜」
僕と雪乃さんがお揃いのマグカップで紅茶を飲んでいるのを見て、桜羽さんは言う。
「信じてなかったんだ?」
「真実は自分の目で確認するまで、わからないからね〜」
「桜羽さん、おじいさんが探偵してるとか?」
「うちのおじいちゃんは社長だけど〜」
社長ですか。
すごいのはすごいんだろうけど、僕的には複雑な気分になった。亡くなった父が銀行員で、経営者は仕事上の付き合いがあったから。ただ、堅物の父は仕事の話を家ではしないので、社長のヤバい話は知らない。
「ちなみに、パパは洋服のデザイナーで、母はスタイリストなんだ〜」
親の職業が娘に関係するのか不明だが、桜羽さん、私服のセンスが良い。
ふわふわウェーブがかった金髪と、凹凸がはっきりしたゴージャスボディ。ナチュラル笑顔で人の心を楽しませる、天性の陽キャ。学年の2大美少女の1人でもある。
エロくしないで、金髪爆乳さんの魅力を最大限に引き立てているというか。
「翔琉くん、春菜がどうかしたの?」
ヤバい。雪乃さんに不審がられた。
「なんでもない」
「……なにか、胸のあたりが苦しいんだけど、あたしの気のせい?」
「雪ちゃん、言いたいことはあるけど、勝負前だし、私からは言わないでおく〜」
桜羽さんの反応でピンと来てしまった。
「雪乃さん、私服は清楚で似合っているね」
僕が桜羽さんの服に感心していたから、自分も褒めてほしかったのだろう。
「夢咲くん、鈍感なのかな〜」
「僕、間違ってた?」
「私としてはライバルに塩を送りたくないから、言わないでおく〜」
「ところで、勝負なんだけど?」
「私からルールを説明するね〜。不満があったら、言って〜」
「お、おう」
桜羽さんがやってきたのは、今日これから僕をテストするため。
勝負を通して、僕が雪乃さんにふさわしいと認められれば、同居は続けられる。
「雪ちゃん、仕事の愚痴ない〜? 失敗したこととか、運営さんに怒られたとか」
「あるある。いっぱいありすぎる」
「なら、愚痴を夢咲くんに話してみてよ〜」
「わかった」
雪乃さんは素直にうなずいた。
(もしかして、勝負って、愚痴を聞くことなの?)
思っていた勝負とちがう。
言いたいことはあるが、もう少し話を聞こう。
「夢咲くんには、30分間、雪ちゃんの愚痴を聞き続けてもらうわ〜」
「う、うん?」
「雪ちゃんは開始時点と比べて、夢咲くんへの好感度が上がっているか教えてほしいの〜」
「わかった」
「好感度が上がっていたら、夢咲くんの勝利。下がっていたら、負けね〜。シンプルでしょ〜」
「あたしは問題ない」
「ちょっと待った」
さすがに、無茶苦茶すぎて、口を挟んだ。
「あら。夢咲くんは愚痴聞き役なんでしょ〜。なら、雪ちゃんの愚痴を聞くのは普通なんじゃないの〜」
「そっちじゃない」
「なら、どういうこと?」
「好感度って、恋愛ゲームじゃないんだし、目に見えないものをどうやって判定するんだ?」
僕は雪乃さんを一瞥する。
「雪乃さん次第で、どうとでもなるというか」
本人を前にして言いにくいが、極論ウソを吐く可能性がある。
そもそも、この同居はお互いに納得してのもの。心変わりしていないなら、僕に甘い判定になるかもしれない。雪乃さんが不公平な子だと考えたくないが、無意識的にしてしまう場合もある。
「この勝負は結果はそこまで重視しないわ〜。勝負を通して、夢咲くんを見るのが目的だもの〜」
「そう。雪乃さんが審判で、絶対的な存在じゃないってことか」
「そういうこと〜」
ならいいか。
勝利条件が曖昧すぎて、クソゲーだけれど、関係者の合意が取れているなら問題ない。配信するわけじゃないし。。
「じゃ、今から時間を測る。スマホのタイマーで、30分経ったら音が鳴るからよろしくね〜」
桜羽さんの緩い合図で勝負が始まった。
「翔琉くん、先週の歌枠を覚えているかしら?」
「もちろん。生でスパチャ読みまで見たし、アーカイブでも10回以上はリピートしたからね」
「……3時間あったのよ」
「ひよりちゃんの配信は家にいる時はエンドレスリピートだから」
「なら、1曲目にミスって、エコーがかかってなかった羞恥プレイもバッチリ見てるんだよね?」
「羞恥プレイ?」
「ええ」
「設定ミスったのを羞恥プレイと、雪乃さんは表現した」
僕は雪乃さんの言葉を使いつつ、自分が理解したことを伝える。
すると。
「だって、そうじゃない。あたしはプロなの。多額のスパチャを送ってくれる人もいるわ。だから、クオリティの高い配信をしないといけないの!」
雪乃さんはクールの仮面を脱ぎ捨てて、感情を露わにした。
狙いどおりだ。
僕自身がなにかするわけでもないのに、愚痴を吐く側が話したくなるような聞き方がある。僕は
雪乃さんとは数日の同居生活を通して、ある程度の関係を構築している。
ならば、さらに突っ込んだことも聞けるはず。
「クオリティの高い配信って?」
「うん、歌枠だから、まずは歌。趣味でやってる個人勢でもないんだし、プロの歌手やランキング上位の歌い手レベルは必要ね」
雪乃さんの言いたいこともわかる。実際、VTuberがアニメの主題歌を担当したこともあるし。
「それに、話すときの声のイントネーションも大事。明るくて、元気がもらえて、でも、うるさくならない。そんな声がいいわね」
「それから」
「他には、2Dモデルだったり、配信画面だったり。あたし自身の力じゃないけど、見た目は大事だから」
「雪乃さんは高い理想を持っている」
「ええ」
僕は彼女の瞳を見つめて。
「設定ミスは、理想とする自分の配信じゃないと思ってる。そういう理解であってる?」
「そうなの、そうなの!」
雪乃さんは身を乗り出して、僕の手を握ってくる。
「あたし、もっと完璧になって、みんなを楽しませたいと思ってる。でもさ、ミスはなくならない。時間をとって、事前に設定を確認してるんだけど、それでもゼロにはできない。ホントにあたしは
以前、僕が愚痴を聞かなかったせいで、大切な人がいなくなってしまった。
だから、僕は他人の話を聞く訓練を密かにしていて。
5日前の夜。橋で見かけたときの雪乃さんを脳裏に蘇らせて。
僕は雪乃さんの銀髪を撫でながら、精一杯の優しい声を出した。
「雪乃さん、真剣にがんがって、それでも完璧になれないのが、ツラいんだね」
「ん。そうなの。本当はね」
数秒の間を置いて、雪乃さんは語り出す。
「あの日も、プチ炎上を気にしていたかわからないわ。今になって思ってみたら」
「どういうこと?」
「あたしは完璧な配信がしたかった。なのにさ、ちょっとした発言で揚げ足を取られて、大切な配信の場が汚されてしまった。コメント欄も配信の一部だとあたしは思ってるから」
「うんうん」
悩んでいる人にとって、アドバイスなんていらない。むしろ、邪魔なだけ。アドバイス罪って言葉もあるぐらいだし。
ただ、彼女の苦しみを想像して、耳を傾ける。
僕にできるのはそれだけ。
「荒らされたのに対応できなかった自分が情けなかった。もっと上手くできていれば、リスナーさんに不快な思いをさせなくて済んだのに」
「だから、雪乃さんは自分を責めている?」
「ん。あたし、ミスでパパとママも死んじゃった。だから、ミスをする自分が許せない」
「つらかったんだね」
僕が慰めると、雪乃さんは僕の胸に飛び込んでくる。
そのとき、スマホのアラーム音が鳴った。
「そこまで。勝負は終わりよ〜」
その瞬間、力が抜ける。
体育の授業よりも疲れたかもしれない。
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