第14話 彼女の正体

「話を聞かせてもらおっかな〜」


 同じクラスの桜羽さくらば春菜はるなさんは、僕と雪乃さんに微笑みかける。目は好奇心でキラキラしていた。


 僕は現実逃避したくて、高級感あふれる紅茶に鼻を近づける。普段飲んでる缶のとは別の飲み物だ。


(なんで、こんなことになったんだか……?)


 ランジェリーショップで、雪乃さんが試着室から出てきたタイミングで、桜羽さんに声をかけられた。


 雪乃さんとのことは秘密だったのに、クラスの中心的人物に目撃されてしまったわけで。


(ヤバい、ヤバい、ヤバい。明日には学校中に広まってしまう)


 あたふたして、どうにか誤魔化そうとして。

 自分でもなにを言ったのかよくわからなくなって。


 場所を変えて話そうということになり、モールを出る。

 桜羽さんが知っている喫茶店に来たのだが、なぜか個室に案内される。会議で使えそうな雰囲気で、壁には絵画がかけられている。


 お値段も高め。紅茶1杯で、ラーメンにチャーシューやメンマをトッピングできそうな金額だった。


「翔琉くん、大丈夫?」


 現実から目を背けていたら、雪乃さんに心配された。


「雪ちゃん、夢咲くんのこと下の名前で呼んでるの〜?」


 雪乃さんは首を縦に振る。


「雪ちゃんが男子と仲良くなるなんて、珍しいね〜」

「翔琉くんは特別だから」


 雪乃さんは斜め前に座る僕に上目遣いをする。

 ふたりきりだったらサービスだったんだけど。


「特別ってことは、付き合ってるの〜?」


(やっぱ、誤解しますよね)


 僕から否定するのはいいんだけど、そうしたら僕たちの関係を説明しないといけなくなる。


 雪乃さん、学校では桜羽さんに話しかけたら返事をする程度だ。友だちと呼べるのかどうかも微妙な関係の子に、僕たちの間に起きた出来事を話せるはずもなく。

 少なくとも僕が決めるのは間違っている。


(どうしたもんか?)


 頭を抱えていたら。


「春菜、あたしたちは恋人じゃない。少なくとも、いまは」


 雪乃さんが答えていた。

 教室にいるときの雪乃さんよりも、声に抑揚があって。

 なんとなく、桜羽さんには親しみを感じているように思えた。


「あたしと春菜の仲だし、個室だから機密情報を気にする必要はない」


 直感は当たっていたらしい。

 雪乃さんと桜羽さんの関係を読み誤っていたようだ。


「だね〜。仕事の打ち合わせでも使うお店だし、盗聴器もしかけられてないっしょ〜」


 桜羽さん発言がいろんな意味で引っかかった。

 後半の盗聴器うんぬんもあるが。


「桜羽さん、ここバイト絡みで利用してるの?」


 ふと気になって聞いてみた。


「バ、バイト〜そうねえ。バイトね」


 明らかに様子がおかしい。

 なにか隠している感じだ。


「春菜、翔琉くん、あたしの秘密を知ってるから」

「「えっ?」」


 桜羽さんと驚きの声が揃ってしまった。


「「どういうこと?」」


 続く言葉まで。


「事情は省くけど、あたしが春川ひよりだって知ってるから」

「ま、マジで言っちゃったの〜?」


 桜羽さんは赤い瞳を大きくする。

 その様子だと桜羽さんも知ってるらしい。


「うん、先日の件で、意味不明な恋愛スキャンダルをふっかけられたでしょ。むかついてたから、翔琉くんに愚痴を聞いてもらってた」

「なんで、私に愚痴ってくれなかったのよ!」


 桜羽さんは叫ぶと、テーブルを手のひらで叩く。

 1拍遅れて、金髪がなびき、豊かな胸も弾んだ。


「部外者に愚痴るなんて、相当マズいわよ」


 桜羽さんは血相を変えていた。

 といった表現と、雪乃さんを心配する態度。まるで、自分が関係者とでも言わんばかりだ。


「大丈夫。翔琉くんとは守秘義務契約を結んで愚痴を聞いてもらってるし、鈴木さんの許可ももらったから」

「……なら、いいわ〜。マネージャに報告済みなんだったら、業務委託の私が口を出すことじゃないし〜」


 今の言葉が決定的な証拠だった。


「ま、まさか、桜羽さん?」

「守秘義務を結んでるんだったら、私の正体も秘密にしてくれるよね〜」


 普段は誰にでも話しかけられて、親しみやすい桜羽さん。今は無言の圧がハンパなかった。一瞬でも気を抜いたら、斬られてしまいそうなぐらい。


「も、もちろんです。僕、ひよりちゃんを推してるだ。結婚したいぐらい」

「それ、学校で騒いでたから知ってるよ〜」


 明日花のせいだが、今回に限っては手間が省けた。


「だから、推しに迷惑をかけるような行為は絶対にしない」

「破ったら〜?」

「……今後、一生涯にわたって、ひよりちゃんに1日1万円のスパチャを送ります」

「それ、夢咲くんがしたいだけでしょ〜」


 桜羽さんはため息を吐く。


「春菜。翔琉くんは信じていい」

「雪ちゃんがそこまで言うなら……」

「ありがとう」


 雪乃さんと桜羽さんは手を握り合う。

 尊い。

 まるで、『まりひよ』のてぇてぇを拝んでいる気分になる。

 まりひよは、秋空まりぃと夏川ひよりのカップリングのこと。


 ここに来てからの雪乃さんたちを見ていると、てぇてぇしかなくて。


 どうやら、桜羽さんもVTuber事務所ドリーミーカントリーの関係者のようだし、妄想してしまった。

 そもそも、桜羽さんのこえはまりぃさんよりも低い。

 まりぃちゃんの声は透明感があって、癒やしオーラが漂っている。ASMRの達人だし。


「夢咲くん、私ね。秋空まりぃという名前でVTuberをしているの〜」

「まりぃちゃんじゃないよね………………………………………………えっ?」


 マジか。


「ウソでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっ!」


 今度は僕が叫んでしまった。


「こんまり。みなさん、お仕事や学校生活や家事、自宅警備しててエラい、エラい。まりぃがみんなに癒やしを届けるね〜」

「その声はまりぃちゃんじゃん」

「学校だと地声だけど、配信用に声を変えてるんだよ〜」


 そういえば、雪乃さんも同じパターンだった。


 同じクラスに、箱推ししているVが2人もいるなんて……。

 絶句していたら。


「夢咲くんが雪ちゃんの愚痴を聞くのは納得できたけど〜」


 桜羽さんはニヤニヤして。


「なんで、雪ちゃんの下着を夢咲くんが選んでたのかな〜?」


 肘先で雪乃さんをつついた。

 誤魔化しきれてなかったか。


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