第13話 推しと買い物デート

 我が校は繁華街の近くにある。

 しかし、独特な街で、お店に偏りがある。具体的には、アニメショップや飲食店がほとんどで日常品を買える店が少ない。


 そこで、僕と雪乃さんは電車に乗って、ショッピングモールへと来ていた。

 モールの出入り口にて。


「翔琉くん、なにが買いたい?」

「うーん、正直、服や日用品を買うお金があるんだったら、ひよりちゃんにスパチャを送りたいんだよなぁ」

「……気持ちはうれしいけど、言わせてもらっていい?」


 雪乃さんは僕の目を見つめて。


「無理してスパチャを送ってもらっても正直うれしくないの」

「うっ」

「だって、いつも応援してくれる、ひよ民のみんなが苦労したり、トラブルになったりするの見たくないから」


 正論すぎて、ぐうの音も出ない。


「あくまでも、スパチャは気持ち。余裕資金の範囲で、推しを応援したい気持ちでほしいかな」

「わかった、ごめん」

「ううん、翔琉くんがお小遣い程度の金額なのわかってるのに、変なこと言ってごめんなさい」


 雪乃さんに謝られて調子が狂う。


「それに、あたしの方こそもらう立場なのに、生意気だった」

「いや、そんなことないぞ」


 話が進みそうにない。


「話を戻すけど、買いたい物がわかんないんだよなぁ」

「なら、ペアグッズを買いましょ?」

「ペアグッズ⁉」


 妄想してしまった。僕と雪乃さんがお揃いのマグカップを使って、同棲している光景を。


「ん。昔、家族3人でペアグッズをよく使ってたの。だから、昔の思い出をなぞる意味でも必要というか」

「そ、そうだよね」


 夢から覚め、声のトーンが下がってしまった。


(僕とラブラブ同棲生活をしたいわけないもんな)


「というわけで、マグカップを買いに行きましょ」


 雪乃さんは僕の腕に手を絡ませると、歩き始める。

 ここ数日、添い寝で彼女の温もりを感じているはずなのに、異様に胸が高鳴った。


(人前で腕を組むシチュエーション、やばいんですけど⁉)


 周囲の人に羨望の眼差しを向けられるなか、僕たちは雑貨屋に入った。


「あっ、これ、かわいい」


 サメのイラストが描かれたマグカップを見て、雪乃さんがはしゃぐ。


「これがいいの?」

「……ダメかな?」

「僕も気に入った」


 正直、可もなく不可もなくなのだが、雪乃さんがかわいすぎてうなずく。別に、こだわりはないし、彼女が喜んでくれるなら安い買い物だ。


「じゃ、買ってくる」

「はい、お金」


 雪乃さんが1万円札を渡してきた。


「いらない。泊めてもらってるし、僕からのプレゼントだと思って」

「……なら、ありがたくいただくわ」


 雪乃さんは僕の気持ちを汲んでくれたらしい。

 泊めてもらううえにお金まで出してもらったら、ヒモだし。推しのヒモにはなりたくない。


 会計を済ませて、店を出る。


「他には?」

「うーん」

「服は?」

「服は適当かな。土日も家にいるし、遊ぶとしても明日花ぐらいだ。2着あれば十分かな」

「……買いに行きましょ」


 腕を引っ張られ、今度は僕の服を買いに行くことに。

 カジュアルなアパレルショップに入った。


「翔琉くん、マネキンの前に立ってみて」


 言われたとおりにすると。

 雪乃さんがつま先立ちになり、僕に顔を近づけてくる。


(近い!)


 顔のパーツちっちゃいし、肌もきめ細かい。

 恥ずかしくて、見下ろす。

 すると、双丘を斜め上から観賞する形になる。


(うわっ、すごっ⁉)


 吐息が首にかかり、くすぐったいし。


「うーん、翔琉くんはクール系が似合うね。水色をベースにアクセントで、淡いピンクかオレンジを少しあわせようかな」


 そうらしい。

 雪乃さんは僕から離れると、店を歩き始める。

 服を買うゲームは初心者な僕。どうプレイしたらいいかわからず、戸惑うばかり。


「これを試着してみて」

「あっ、はい」


 完全に介護されている。

 雪乃さんが見繕ってくれたズボンとシャツ、ジャケットを着て、試着室から出る。


「うゎっ、かっこいい」

「えへっ」


 幸せすぎる。


(これ、なんて夢ですか?)


「じゃ、買ってくる」

「あ、あと、下着は?」

「ぶはっ!」


 噴き出してしまった。


「だって、洗濯をしてると、枚数が少なそうだったから」

「洗濯までしてもらってて、すいません」


 同居にあたって、家事を分担している。料理と洗濯は雪乃さん、掃除は僕がしている。


「悪いと思ってるなら、翔琉くんが洗濯する?」

「僕の分だよね?」

「ううん、あたしの分も」

「ぶはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 あまりにも堂々ととんでもないことを言ってくださいました。


「な、なんてことを……」

「あたしは翔琉くんなら気にしないよ」

「僕が気にするんだけど」

「どうして?」


 この女子高生VTuber、純粋すぎる?


「僕は男で、君は女の子。やっぱり、マズいでしょ?」

「でも、翔琉くんはあたしが洗濯をしていることに後ろめたさを感じてるんでしょ?」


 首を縦に振る。


「なら、作業を分担すればいい」

「そ、そうだけど」

「それに、男女平等」

「男女平等?」

「そう」


 雪乃さんは豊かな胸をそらす。


「女子が男物を洗うのに逆はダメって不平等じゃない?」

「そうだね」


 つい、うなずいてしまった。

 流されたのはいいけど、違和感がある。


「あたしがいいって言ってるんだから、いいの」


 本人が納得してるんだったらいいか。

 話している間に雪乃さんはトランクスを買い物カゴの中に入れていた。

 しょうがない。雪乃さんを母親だと妄想しよう。


「じゃあ、会計してきます」


 少しだけ予算オーバーだった。どこかで節約しよう。

 店を出たところで。


「次は、あたしの下着ね」

「へっ?」

「翔琉くん、あたしの下着を見てくれない?」

「はい?」

「あたしは翔琉くんの服と下着を選んだ。逆もしてくれないと男女平等じゃない」

「あっ、はい」


 だんだん疲れてきた。


(なるようになれ)


 人生初ランジェリーショップ。キラキラした空間で、場違い感がハンパない。


「翔琉くん、どの色が好き」


 雪乃さんの白い肌と銀髪に似合いそうなのは、白かな。

 でも、外見がクールだから、見えないところが華やかなのもありで。


「おピンクがいいです」

「わかった」


 雪乃さんは何着かピンクの下着を持って戻ってくる。


「じゃあ、デザインは?」


 正直、よくわからない。適当に指さす。


「じゃ、試着してくる」


 僕の返事も聞かずに、雪乃さんは試着室に入っていく。


 いづらい。

 スマホでゲームでもするか。『推し娘』を開いて、ポチポチイベントを進めようとするのだが。

 正直、気が散っていた。


(だって、推しとデート中なんだよ?)


 しかも、ランジェリーショップというラブコメ的なお楽しみイベント。現実とは思えなくて、多幸感と困惑が混じり合っていた。


(いつ昇天してもおかしくないよなぁ)


 と思っていたら。

 試着室のカーテンが開いて。


「ど、どうかな?」


 下着姿の雪乃さんはもじもじと両腕を胸に寄せていた。自然とバストが強調される形になり。


(昇天する5秒前。5、4、3、2)


 ところが、カウントダウンは最後までできなかった。


「雪ちゃん、なにしてるの?」


 聞き覚えのある声がしたことで。

 振り返ると、同級生がいた。

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