第3章 推しと友だち

第11話 夢って……?

 夢。

 ありふれた言葉で、ほとんどの人が意味を知っている。


 けれど。

 ここ数日の僕は、わからなくなっていた。


「なぁ、明日花あすか

「ん?」


 同居生活4日目、金曜日の昼休み。一緒に弁当を食べていた天道てんどう明日花に話しかける。


「いま、唐揚げを食うのに忙しいんやけど」

「暇なんだな」

「唐揚げは人生。最優先に決まってるやろ」


 女子高生の悪友は、無邪気な笑顔で口をモグモグする。あまりにも威勢のいい食べっぷりにうなずきたくなる。


「それに、唐揚げはパイオツの味がするんだぜ」

「そうなのか?」

「夢るん、急に乗り気になったし⁉」


 自称Dカップの明日花は下から胸を持ち上げ。


「じゃ、あーしで試してみ・る❤」


 艶っぽい声を出す。


(こいつ、顔だけはかわいいし、ドキッとしちゃったじゃん⁉)


 近くにいた男子たちも僕を睨んでいる。


「あいつ陰キャオタクのクセして、明日花っちとやりやがって」

「なんで、天道ちゃん、あんな冴えないのとつるんでるんだろな」


 まあ、彼らが疑問に思うのも無理はない。

 僕と明日花はオタクかつ、同中以外に共通点はないから。


 中学時代、ちょっとした事件がきっかけで話すようになって、以来2年近く友人でいる。


 男子たちの嫉妬はともかく、別の視線も感じる。

 こっそり様子をうかがう。犯人は清氷しごおり雪乃ゆきの嬢だった。

 ひとりでお弁当を食べながら、チラチラ僕を見ている。


 なお、彼女のお弁当は僕と同じもの。

 彼女との同居2日目からは手作り弁当をいただいている。


 清氷さんはボッチだし、僕は明日花と昼食をとる。席も離れているし、誰も気づかないだろう。


 清氷さんお手製のオムレツを口に運ぶ。適度な甘さと玉子のふんわり感がたまらない。


「おい、無視すんなし」

「明日花さん、なんですか?」

「あーしのパイオツが唐揚げか試すかって聞いたんだよ?」

「試していいけど……」


 冗談で言いつつ、僕は別の女性の裸を思い浮かべていた。お風呂場で見た清氷さんの水着姿があまりにも強烈だったから。


「やっぱ、いいや」

「おい、あーしは別の女のことを考えて、あーしを女扱いしないとはひでぇな」

「堂々とパイオツの味うんぬん言っておいて、都合がいいな⁉」


 って、明日花のノリに振り回されていて、肝心の質問ができていない。


「明日花、夢ってなんだと思う?」


 なぜ僕が明日花に質問したかというと。


 僕は雪乃さんに夢を見せると約束した。

 勢いで啖呵を切ったものの、ふと疑問に思ったのだ。

 僕はこれまで、夢、夢と言っていたけれど、夢がなんなのかわからないことに。


 自分が理解していないものを雪乃さんに与えられるわけもなく。

 最近は哲学的な思索に耽っていた。


「夢は寝てるときに見るものだな」

「明日花、おまえもか⁉」


 雪乃さんも同じボケをしたのに。


「じゃあ、将来の夢だな」

「おう、それもあるな」


 僕は雪乃さんに将来の夢を持ってほしいとは思っている。かりに、5年後にこうなっていたいみたいな目標があれば、死のうと考えないだろうから。

 とはいえ、僕が見せたい夢が将来の夢なのかと言われれば、完全一致はしない。


 モヤモヤしていたら。


「3番目は、現実離れした空想」

「空想?」

「たとえば、『宝くじは1億円を当てるかもだから夢がある』みたいな」

「あっ、それか!」


 思わず、叫んだ。

 またしても、視線を感じる。犯人は雪乃さん。

 食事を終えたのか、文庫本を読んでいた彼女は僕の反応が気になるらしい。

 ただ、顔に出さないから誰も違和感を抱いていないようだ。


「僕はVTuberに夢を見てるんだよなぁ」

「夏川ひよりちゃんと結婚したい件やろ!」

「おい、大声で言うなし」


 明日花の口を慌ててふさぐが遅かった。


「オタク、VTuberと結婚したいなんて痛いな」「V豚はカモ」「スパチャで貢ぐなんて、キモいのね」


 若者にVTuberに人気はあるといっても、僕みたいな妄想をしている人間は蔑まれる。


(いいじゃないか、叶わない夢を見たって)


 夢のおかげで、親の悲惨な死による絶望を忘れられたんだから。

 目頭が熱くなったときだ――。


「あら、ごめんなさい」


 彼女の声が空気を変えた。

 僕は言葉の主である清氷雪乃嬢の方に目を向けた。


「ごめんなさい、お弁当箱を落としてしまいました」


 雪乃さんは弁当箱を拾おうとかがむ。


「氷の女王の声を聞けるなんて、今日はラッキーだぞ」

「声も美しくて、素敵ですの」

「ああ、オレ、弁当箱になって女王に踏まれたい」

「なら、あてぃくしは床になって、雪乃様のパンチラを拝みたいわ」


 教室中の話題が雪乃さんで上書きされた。なお、最後の2人は変態すぎる。


 彼女は弁当箱をカバンにしまうときに、僕の方を見る。さりげなくウインクをした。


(もしかして、僕のために……)


 僕はスマホを取り出して、LIMEで『ありがとう』とメッセージを送った。


「雪ちゃん、どしたん?」

「なんでもないわ」


 雪乃さんはなにごともなかったように桜羽さくらばさんと話していた。


 というか、清氷さん本日2回目の会話をしてますよ。自分からは口を開かないけど、桜羽さんに話しかけられたら返事はする。声そのものがレアなのかな?


「まあ、夢るん、気にすんなし」


 明日花にも慰められていた。


「あーしらオタクは好きなことを好きと言い張ればいいんや。推しへの愛があれば、その他のどうでも良い奴は無視でいい」

「ありがとう」


 バカにされてもいい。


「現実離れしていても、夢を見て楽しくなれるんだったら、それでもいいよな?」

「夢るん、そうや」


 夢がなんなのかはわからない。


 けれど、夢を見ることで、クソゲーな現実に希望が持てるんだったら。

 夢の定義なんてどうでもいい。


 ヒントが得られたわけではないけれど、心は軽くなった。


 窓の外からは5月の穏やかな陽ざしが差し込んでくる。

 食事をしたら眠くなった。


 最近、推しと添い寝する日々で睡眠不足なのもあって、うつらうつらしてしまう。

 夢に夏川ひよりちゃんが出てきて、楽しかった。

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