幕間
第10話 【雀心】雑談しながら麻雀【夏川ひより/ドリーミーカントリー】
【
夜の9時にあたしは配信を始めた。
「こんばんは〜。ドリーミーカントリー3期生。夏担当の夏川ひよりでーす。今日も元気に暑く配信していきます。夏だけに」
炎上から2日。今日があれ以来、初めての配信だ。
運営と相談した結果、あたし自身の行為に問題がなかったため、無視することになった。
とはいえ、あたしの気持ち的に放置はできず。
軽くエゴサしてみた。
配信中に名前を見かけるような常連のファンは、炎上の件をまったく言及していない。
ゴシップ系のネットニュースサイトが中心になって、人気VTuberゆた坊さんと夏川ひよりのスキャンダルを面白おかしく取り上げている。
『夏川ひより本人はゲームキャラの「ゆた坊」が好きだと言っているが、ウソを吐いている可能性はないのか? 一方、お相手のゆた坊は沈黙を貫いている。噂が真実なのか調べてみた』
最後まで記事を読んでも、結論は出ていなかった。その時点で、お察し。
なのに。
『ひよりちゃんがゆた坊を好きなんだったら、オレは応援するぜ』
『ひよりちゃんもVTuber以前に人間だもんな。恋ぐらいするよ』
と、ファンらしき人が記事に反応している。
気持ちはうれしいんだけどさ。
(憶測で勝手に暴走しないでもらえるかな?)
とまあ、やりきれなさはある。
(あっ、今は配信中だし、氷の女王は封印しないとねっ!)
集中、集中。すぐに意識を切り替える。
「今日は
:雀心はJKのゲームや!
:ドリカン杯を開いてくれ
:ひよりちゃんFPSは最強だけど、麻雀はどうなん?
コメント欄でリスナーが反応してくれる。
今のところ、荒らしはないようだ。やはり、先日のは作られた炎上だったみたい。
燃やされたときは気が気でなかった。
しょうもないミスで、せっかく得た活動の場を失う可能性もあるから。
だから、いてもたってもいられなくて、外をうろついた。
ちょうど橋を歩いていて、夜の川から三途の川を連想してしまって。
死の世界に魅せられたあたしは、向こうに行こうとした。
あまり深く考えず。
翔琉くんがいなかったら、どうなっていたか……?
(あっ、また、配信中に変な考えをしちゃった)
「ひより、麻雀はねぇ、家に本があって、よく読んだんだぁ」
:本を読んだ(できるとは言っていない)
「初心者なの、バレたか。てへっ」
夏の天使にふさわしい陽の声でおどけてみせる。
普段の清氷雪乃とはちがいすぎるけれど、ひよりを明るいキャラにしてしまったんだから仕方がない。
「さっそく、ランキング戦をやっていきたいんですけど、実は縛りプレイをしまぁすっ」
:初心者が縛りプレイとはw
:自分に厳しい女やな
「縛りプレイといっても、ゆるいかも。だって、麻雀に関係する話をしちゃダメなんだから。普通の雑談をしながら、麻雀をしていく感じかな。
もちろん、罰ゲームはあります。縛りプレイを破ったら、本日の……パンツの色を公開しちゃいます」
:それ、なにげに難易度高いぞ
:相手の捨て牌から情報を読んだり、何を切るか考えたり、けっこう頭を使うんや
:ドラマを見ながら、小説を読むようなもん
:さあ、パンツの色を教えてもらおうか
コメントでリスナーさんが衝撃の事実を教えてくれた。
「えっ、そうなの⁉」
あえて、オーバーに驚く。
「まりぃちゃんが、『初心者の縛りプレイにオススメだよっ☆』って、言ったのに⁉」
:騙されたな
:ひよりちゃん純粋な天使だからからかいたくなるのもわかる
「うぅっ、まりぃちゃんひどいよぉ。罰ゲームの内容もまりぃちゃんが考えたんだしぃ。もう、おっぱい揉ませてあげないんだからぁ」
:まりぃ、ないす
:まりひよ、てぇてぇ
:おっぱい助かる
気を取り直して、あたしはゲームを進めていく。
オンラインでのマッチングが終わり、対戦相手が決まる。
今回は
対戦が始まり、ひよりは『南』と表示されていた。13枚の牌が配られる。
「えーと、同じマークの牌を3つ揃えるか、3連続に並べていけばいいんだよね?」
:縛りプレイは?
:そんなにパンツ情報を公開したいのか
:秒で罰ゲームは受ける
「ちょっと、待ってぇぇぇぇっっっっっっっっっっっ!」
絶叫してしまった。
隣の部屋に翔琉くんがいるというのに。
今日、配信をすると伝えたら、『楽しみにしてるよ』と彼は言っていた。
彼にみっともないところを見せて、恥ずかしい。
(べ、べつに、下着の色だから恥ずかしいとかじゃないんだからねっ⁉)
実際、同居初日に下着を見られても、なんとも思わなかったし。
それは、リスナーさんに対しても同じで。
いま、叫んだのは、そういうアクションを期待されているから。
あたし自身の感情はみじんも動いていない。
極めて、冷めた気持ちで。
「うぅっ、ちょー悲しいんだけどぉ、自分でやると決めたしぃ。今日のパンツは――」
いちおう、スカートをたくしあげて、確認する。
「白にピンクのリボンでした」
:さすが、天使!
:おパンツ助かる
:イメージが守られた
「もおぉ、みんなエッチさんなんだからぁぁっ」
演技のために頬を膨らませつつも、うわべだけの仕草だ。
そのはずなのに――。
(うっ)
なぜか妙に胸が苦しかった。
隣の部屋にいる彼のことを考えたら。
自分でもよくわからない気持ちに蓋をしたくて。
「気を取り直して、進めていくよぉぉぉっっっっ!」
精一杯の明るい声を出す。
「罰ゲームはしちゃったけど、雑談はするね。えーとさ、この間、
:先輩をオタサーの姫呼ばわりする天然の天使
:男がいない世界線の姫なんやな
などとドリーミーカントリー《ドリカン》の他の子の話題に出しながら、麻雀をプレイする。
「あと、今まで言ってなかったと思うんだけど、あたしの家、昔は本屋をやってたの。麻雀の本もパパが付き合いでやってて、読んでたんだからぁ」
『ロンにゃ!』
「えっ?」
エフェクトがかかって、あたしの点数が引かれた。
:振り込んじまったなぁ
:しかも、親の役満w
:ドンマイ
:ビギナーズラックはなかったな
配信が終わるまで、精一杯やったものの、ゲームの方はさっぱりだった。
ガチの初心者だと配信に支障が出るので、裏で練習をしていたのに。知らないフリをしていたけれど、ルールも勉強した。
なのに、思うようにいかなくて。
(VTuberって難しい)
みんなは喜んでくれたし、それなりのスパチャももらえたけれど……。
反省材料ばかり。
(はあ、彼に慰めてもらおっか)
また、彼と同じベッドで寝て、ギュってしたい。昨日、彼の温もりを感じて、幸せな気分になれたから。
(あれ?)
あたし、現実に期待なんかしてないのに。
(なんで、翔琉くんに触れたいんだろ?)
パパにしてもらったことを、翔琉くんとしたくてたまらない。
言いようのない気持ちを抱えたまま、あたしはパパとママの寝室に向かった。
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