第6話 推しの家

 放課後。僕は大きめなバッグパックに数日分の着替えとノーパソを入れて、街を歩いていた。

 僕の家から学校に向かう途中の住宅街。とあるマンションの前で立ち止まる。


「ここかな?」


 ポケットからスマホを取り出し、LIMEを開く。

 彼女から送られたきたメッセージで、住所を確認する。


 正解だったので、エントランスに入る。オートロックだった。インターホンを操作し、彼女から教わった部屋番号を入力する。


『はーい、どちらさまですか?』

「夢咲ですが」

『出前の人ですね』


 出前の人扱いされた。たぶん、モニター付きインターホンで、僕の姿が映っているのだろう。


(出前の人が持ってそうなバッグだもんな)


 冗談はさておき、オートロックが解除されたので、通過する。

 彼女の部屋の前に着き、チャイムを鳴らす。


「出前お疲れさまです」

「だから、出前じゃないって⁉」

「なら、出前に見せかけて、あたしを襲うとか?」

「夢咲です。清氷さんのクラスメイトでしょうが!」

「……ごめんなさい。緊張をほぐしたくて、つい」


 しゅんとする清氷さんの態度がいじらしい。


「僕も女子の家は初めてで、緊張してたから助かったよ」

「あら、天道さんの家にも行ったことないのね?」

「あいつが僕の家に来るのはあるけどな」


 そんな話をしながら、玄関で靴を脱ぐ。

 廊下を案内され、突き当たりのリビングに通される。小綺麗な部屋だった。


「ずいぶん、良いところに住んでるんだね?」

「3LDKにひとり暮らしだから、掃除が大変だけどね」

「わかる。うちもだから」


 清氷さんがアイスティを運んできた。


「今日からお願いします」

「ううん、僕と清氷さんの勝負なんだよ」


 推しで、美少女同級生と同居すると意識してしまったら、心臓が止まりかねない。


「僕、清氷さんに夢を見せて、生きる意欲を取り戻してもらうから」

「……夢咲くん、あたしがどれだけネガティブか知らないでしょ?」

「知らない」


 学校でクールな清氷さん、裏では喜怒哀楽が激しいことだけは知っている。


「一昨日の出来事なんだけど、お菓子の袋が上手く開かなくて、力いっぱいやったの」

「う、うん」

「そしたら、開いたのはいいけど、中身が飛び出して、床に落ちた。その日は寝るまで自分を責めてたわ。『お菓子も開けられないクズ人間は、ゴミクズとともに消えればいいのよ』って」

「待って。一昨日は配信をしてたよね?」

「ええ。日曜の夜は、月曜日という現実から逃げるために歌枠をしているわ」

「配信中はメチャクチャ元気にアニソンを歌ってたけど?」

「あたしぐらいの陰キャになると、鬱状態でバーサクかかるの。むしろ、元気に見えるというか」


 形のよい胸を張る清氷さん。

 誇るところが違う気がする。


「それはそうとして、例の件、運営の承認は取ったんだよね?」

「もちろん。ただし、条件があるわ」

「な、なにかな?」

「夢咲くんが夏川ひよりについて知った情報を絶対に第三者に公開しないこと。万が一、機密情報の漏洩が確認された場合は、あたしが契約解除になる」


 清氷さんは首に手を当て、首を切る仕草をする。


「誰が好き好んで、推しを引退させるかっての」

「暴露系VTuberにはならないでね」

「僕はVに夢を見てる人間でね。Vの現実を暴き立てようとする暴露系とはウマが合わんのだよ」

「ありがとう。悪いけど、誓約書も書いてもらうから」


 厳しい。

 けれど、この手の問題は現実でも起きている。

 推しを支えると覚悟を決めた以上、細心の注意を払って臨みたい。


「わかった。だから、愚痴聞き役として、遠慮なく話してほしい」


 当面は清氷さんの愚痴を聞いて、ストレスを減らす。そのうえで、僕が夢の存在を証明すればいい。結果、彼女が生きる希望を持つ。それが僕の目的だ。


「ありがとう」

「ううん、清氷さんすごいよね?」

「えっ?」


 彼女は目を見開く。


「だって、昨日の夜は死のうとするぐらいに苦しんでたのに、冷静に運営の判断を仰いだんだから」

「でも、昨日は運営の許可を取る前に炎上のことを話しちゃった」

「……けど、やっぱ問題だと思って、きちんとできたわけで、立派だと思うよ」


 推しを褒めたら、清氷さんはうつむいた。照れてるらしい。


「今日からは夢咲くんにぶつけるわね」

「お、おう」

「あたしの顔に白い液体をぶっかけたら呪うわ」


 絵面を妄想してしまった。


(白い液体を顔に?)


「ぶはぁぁっ!」


 紅茶を噴き出しそうになったが、どうにか耐えた。


「白い液体って、薄めて飲むジュースよ」

「なんだ、ジュースか」


 胸をなで下ろす。


 顔が動いたとき、ふと視線の隅にカラフルな物体があるのに気づいた。

 思わず目を向ける。


「ぶっ!」

「忙しい人なのね」

「だ、だ、だって……」


 僕の視線の先にあるブツを見ても、清氷さんの顔色は変わらなかった。


「ただの下着じゃない」


 氷の女王は堂々と言い放つ。


「ピンクとか黄色とかのブラジャーや、おパンツさまであらせられるのですよ。同級生の男子に見られて、平然としてられるの?」

「それが、なにか?」


 意味がわからない。

 メンタルが強いのか? 弱いのか?


「そういえば、秋空あきぞらまりぃちゃんと温泉に行った話を配信でもしてたよね?」

「うん。部屋に温泉があって、お風呂でおっぱいを揉みあってた話はしたわ」

「ああいうの恥ずかしくないのかなって?」


 つい言ってしまった。


(僕はなにを聞いてるんだ?)


 イエスだったら、推しが痴女なんだぞ。


「まりぃちゃんは同期で親友だからね」

「そ、そうだよね」

「夢咲くんに下着を見られても平気なのは――」


 彼女は銀髪をかきあげ。


「夢咲くんが特別だから」


 夏川ひよりボイスで、僕の目を見つめて言う。

 ズキュン、ドキュン。


(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっ!)


 昇天しちゃいそう。


 もしかして、清氷さん僕のことが――。

 期待に胸を膨らませたときだ。


「夢咲くんなら安全かなって」


 安全って、どういう意味ですか?


(僕、異性に見られてないんですかねぇ?)


 どうせ、僕はオタクで、V豚だし。


 幸い、推しで美少女であっても、恋愛感情とは別。それほどダメージはない。

 僕個人の勝手な感情で、彼女を救いたいと思っているだけ。


 話題を変えよう。


「そういえば、ひとり暮らしと聞いたけど、ご両親は海外にでも?」


 高校生のひとり暮らしと聞けば、仕事の都合で親が海外にいる。そう考えるのが、オタクだ。

 軽い気持ちでテンプレかどうか聞いてみたところ。


「あたしの両親は…………亡くなったの」


 思ってもみない答えが返ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る