第5話 学校ではクールな推し
僕は明日花と一緒に教室に入る。さっと見渡すと、清氷さんはまだ来ていなかった。
女の子の支度は時間がかかるというし、間に合うか心配になる。
「夢るん、どうしたんや?」
明日花に袖を引っ張られた。
僕の唯一の友だちは変に勘が良いから怖い。清氷さんが家に泊まったのがバレたら、100年はネタにされる。
「いや、なんでもない」
「そうなん? 教室に隠れた猫でも探してるみたいやったぞ」
斜め上方向にずれていて助かった。
教室の入り口でそんなことやっていたら。
「あのオタクコンビ。朝からお熱いなぁ」
「仲良く一緒に登校かよ」
「なんなら、お泊まりしてるまである」
ひそひそ声で僕と明日花のことが噂されていた。
「僕と明日花はそんなんじゃないんだけどなぁ」
明日花にも迷惑がかかるので、ポツリとつぶやく。
すると。
「夢るんの言うとおりや。あーしと夢るんは熟年夫婦なんや」
明日花は僕の腕にしがみついて、はっきりと言いやがった。
自称Dカップの温もりは極上の触り心地で。
寝起きの清氷さんとの件といい、今日は盆と正月が一緒に来たよう。
けど、わかったことがある。
清氷さん、明日花のDと比べて、一回り上だった。
2週間後には夏服になるし、男子の視線を浴びるのは間違いない。ただでさえ、学年トップレベルの美人で注目されているし。
つい、おっぱいに現実逃避してしまった。
だって、明日花のせいで、軽く騒ぎになっているから。
「みんなぁ、おはよぅ~」
嫌な空気を変えたのは明るい挨拶だった。
声の主は、
金色の照り輝く髪と、紅いルビーの燃える瞳。華やかで整った顔立ちの美少女。ブレザーでもわかるぐらい胸も自己主張していた。
清氷さんとともに1年の2大美少女と呼ばれている。
清氷さんが月なら、桜羽さんは太陽。陰と陽。
桜羽さんは僕たちの横を通りすぎるとき。
「おふたりさん、朝から夫婦漫才かなぁ~」
笑顔で言い放つ。
このまま認めたら既成事実化しかねない。
「僕と明日花はオタク仲間なんですよ」
明日花は、一人称が『あーし』で、見た目は派手だけど、ギャルではない。男性向けアニメやゲーム、VTuberが大好きな生粋のオタクだ。
いや、もしかしたら、オタクに都合の良いギャルという生き物かも。
「そう。あーしと夢るんはオタク仲間で、薄い本を貸し合う仲さ」
またしても、明日花が余計なことを言った。
「薄い本だって」「絶対にエッチな奴だろ」「本を参考にプレイしてたりして」
ほら、あらぬ誤解を招いたし。
(なぜ、僕のオタク仲間は異性なんだろう?)
明日花が男だったら、エロゲの友人キャラ扱いで済んだのに。
相手にするのも疲れたので、僕は自席に向かう。明日花も隣の席に座った。
明日花が話しかけてくるのを無視して、授業を準備を進める。
教室のドアが開く音がして、ふと顔が出入り口に向く。
清氷さんが無表情で、誰にも挨拶せずに後ろ手でドアを閉める。
優雅な仕草で、落ち着いていた。
9時間前に死のうとしていたなんて、誰が信じるだろうか。
僕の家を出たときは急いでいた様子だったけれど、まだ始業まで10分以上ある。態度に出さずに、クールを保っているのがすごい。
しばらく挙動を見ていたら、清氷さんと目があった。少しだけ、彼女の頬が動く。
「夢るん、どったの?」
「なんでもない」
君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
「あっ、やっぱ、あの件が引っかかってるんだよね」
「あの件?」
「夏川ひよりちゃんのオフパコ疑惑?」
「オフパコ⁉」
つい叫んでしまった。
周りの女子に白い目で見られる。
僕は声を低くして、明日花に言う。
「オフパコって、どこから出た話なんだよ?」
「今朝、ネット見たら、ひよりちゃんがオフパコしまくりって記事があった」
「そんなの信じるなよ。尾ひれなんてレベルじゃねえだろ」
「いや、だって、あーしが夢るんにひよりちゃんを教えたじゃん。責任あるし」
「その節はお世話になりました」
中学時代、家のことでいろいろあって、僕は落ち込んでいた。
そんなときに、明日花がいろいろ話しかけてくれた。だいたいは、こいつが推してくるアニメやゲームなんかの話だったのだが。
デビューしたての夏川ひよりちゃんも明日花に勧められた。試しに見たところ、僕は一目ぼれしたわけ。
明日花とはオタク友だちで悪友だけれど、感謝している。
明日花がいなければ、僕は推しと出会えなかったのだから。
「とにかく、僕のひよりちゃんは清楚だから」
「清楚(意味深)」
「VTuberの世界では、清楚=ヤバい奴かもしれないけどさ」
僕は胸を張って。
「僕はひよりちゃんを愛してる!」
「お、おう」
「推しを信じられなくて、何がオタクだ」
清氷さんの方を向いて、言い切った。
僕の推しはボッチで文庫本を読んでいた。が、教科書がプルプル震えていた。
僕が見つめていると、彼女は白銀の後ろ髪を手で払う。
「雪ちゃん、どうしたの~?」
桜羽さんが清氷さんに話しかけにいく。
「ううん、なんでもない」
「めっちゃ手が震えてるんだけど~」
やっぱり、清氷さん動揺しているようだ。
犯人は僕たち。ひよりちゃんの件を話しているから。
つい声がでかくなってしまって、反省はしているが後悔はしていない。
推しへの愛を叫べないなんて、オタクの風上にも置けない。炎上覚悟で、イキってみた。
清氷さんと桜羽さんのやり取りを見ていた生徒たちがひそひそ話している。
「春菜ちゃん、清氷さんに話しかけられるんだから、コミュ力最強だよね」
「清氷さん、美人すぎて、近づくのもはばかられるし」
「あたくし、遠くから清氷さまの裸体を想像するだけで、鼻血ぶぅだわ」
最後のはともかく。モブの会話が、清氷雪乃の立ち位置を表していた。
教室では自分から話さず、孤独に本を読む美少女。クールで、近づきにくい人という印象を持っている。
彼女の裏の顔を知っているのは、僕だけ。しかも、推しでもある。
一方、桜羽さんは清氷さんと普通に会話するだけで、自分の株を上げている。
ただ明るいだけでなく、気配り上手系というか。
VTuberによくいるタイプの陽キャかもしれない。
「夢るん、数秒前までドヤ顔を決めてたのに、急に感心したけど、どったの?」
「明日花、僕の心を読むなっての」
ツッコミを入れたとき、始業を知らせるチャイムが鳴った。
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