第2章 推しと同居するオタクは優勝
第4話 推しと朝食するにはいくら課金すれば?
5月の朝陽がまぶしくて、眠りから覚める。
心なしか甘酸っぱい香りがするのは気のせいだろうか。
両親もいなくなり、住人が僕だけになった我が家。いい匂いなんかするわけがない。
そんなことより、とにかく眠い。
あと5分だけ。
僕は遅刻フラグを立てると、寝返りを打つ。
右手がなにかに当たった。
ぷにぷにしている。
(抱き枕にしては質感があって最高すぐる)
弾力を楽しんでいたら。
「ふぁんっ❤」
なにかが聞こえた。
「
「うわぁぁぁぁっっ!」
跳ね起きてしまった。
驚くのも無理はない。だって、僕の隣には――。
「
昨夜、清氷さんを0時すぎに帰すわけにもいかず、両親が使っていた寝室に泊まってもらったのだ。その結果が、まさかの添い寝イベントだった。
「だって、夢咲くん、夢を見せてくれるんでしょ?」
「そうだけど」
「なら、一緒に寝て、夢咲くんの夢を感じるしかないじゃない」
どこから突っ込めばいいのか?
「夢は夢でも、寝るときの夢じゃないからね」
「わかってるわ。ネタでボケてみた」
「だとしても、男のベッドに潜り込むのは危険だよ」
「……さっきみたいに胸を揉んだりするもんね」
「えっ?」
どうりで柔らかかったわけだ。
「と、とにかく、危険だから出ていって」
言えない。朝の生理現象が発生したと。
「夢咲くん、危険じゃないと思うけどなぁ」
不意打ちでドキリとさせられる。
僕の気も知らずに、清氷さんは部屋を出ていく。
着替えを済ませてリビングに行くと、朝食がテーブルに並んでいた。
「ごめんなさい、冷蔵庫に食料があまりなくて」
「ううん、立派な朝食を作ってもらって助かるよ」
明太マヨネーズのトースト、卵焼き、オニオンスープ。普段、パンだけしか食べない僕からすれば、かなり豪華だ。
推しが朝食を作ってくれるなんて、いくらスパチャすれば実現できるんだろうか?
僕みたいな金銭的に貢献してない人間が食べてしまっていいのかな?
「食べないの?」
不安そうな顔をされた。
これじゃ、僕が料理に不満があるみたいだ。
「いただきます」
味もおいしい。祖父が亡くなって2ヶ月。初めて、きちんとした味の料理を食べた。
「ところで、今日は学校に行くの?」
「もちろん」
「時間は大丈夫?」
清氷さんは私服を着ている。昨日、寝るときは僕のTシャツと短パンを貸していた。
「うち、学校に行く途中にあるし、なんとかなる」
「そっか、ならよかった」
「それより、例の件、本当にいいの?」
推しに上目遣いで言われて、拒否なんてできない。
「もちろん。僕はキモオタだけど、約束は守りたい」
「いちおう、マネージャにも相談するから、正式なことは待っててくれるかな?」
「マネージャ? 相談⁉」
ちょっと、待って。
「僕と同居するって、相談するの?」
「えっ、ちがうわ」
「ちがうのかよ⁉」
さすがに突っ込んだ。
「昨日の件で、これから面倒なときに爆弾を投下しないわ」
「ですよねぇ」
「炎上の件でストレス溜まってるから、愚痴聞き役を雇うけど問題ないか聞くつもりなの」
「へっ、愚痴聞き役?」
話が飛躍しすぎている。
「ん。夢咲くんが愚痴聞き役」
「愚痴聞き役って?」
「クラウドソーシングとかであるのよね。お金を払って、愚痴を聞いてもらうサービスが」
清氷さん得意げに説明する。
(たしかに、需要ありそうだよな)
世の中的にもストレス溜まっている人多そうだし。
「それはいいけど、なんで僕?」
「あたしと同居するにあたって、夢咲くんが仕事の情報に触れてしまう可能性はある」
「気をつけるつもりだけど、絶対にないとは言い切れないんだよな」
「だから、夢咲くんには愚痴聞き役として、あたしと契約してもらう。当然、守秘義務についても契約に含まれている。同居を円滑に進めるためにも必要なの」
もっともらしいように聞こえた。
そもそも、学生の僕に仕事の理屈を持ち出されても判断はできない。
「昨日もお漏らししちゃったし。いいよね?」
「絶対に断れない流れじゃん」
「あと、今後も愚痴は聞いてもらうから」
「僕の意思は?」
渋っているような態度だけど、内心はちがった。
(推しが表では言えない愚痴を自分にするんだよ?)
他のファンが逆立ちしてもできないステータスを得られるわけで。
推しの力になれるなら、「はい、喜んで」とこっちから頭を下げたいぐらいだ。
(簡単に同意したら、Mと思われそうだな)
「嫌……なの?」
「ううん、君を死なせたくないし、ストレス解消の道具に使ってください。おねがいします」
自分から頼み込んでいた。
「あっ、そろそろ家に帰らないと遅刻しちゃう」
「片付けはいいから、帰っていいよ」
死のうとしていた子が遅刻を気にするのが不思議だ。
清氷さんはリビングを出ていったかと思うと。
「あっ、LIMEを交換しよ」
すぐに戻ってきて、スマホを差し出してくる。
「これからのこと、LIMEで相談したいし……ダメかな?」
推しの『ダメかな?』をいただきました。
しかも、ひよりちゃん用に作った声で。
破壊力がありすぎて、心臓がバクバクする。
「もちろんいいよ」
LIMEを交換すると、清氷さんは慌てて僕の家を出て行った。
それから、僕はひとりで登校する。
学校の近くで、学校で唯一の友だちを見かけた。
「うぃーす、
「うぇーい、夢るん」
「あーしがV豚を慰めてあげますん」
僕の腕に抱きついてきた。
「おいやめろって。いちおう女なんだし」
「いちおうって……あーし、Dカップだけど、夢るんにとっては人権ないんやな」
「そういう意味じゃない」
見た目は美少女なんだけど、こういうところが残念だ。
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