第3話 推しと同居?


「僕みたいな人ばかりだったら、死のうと考えなかった?」

「ええ」

「僕は冴えない陰キャオタクなんだけど」

「そうね。学校でも天道てんどうさん以外の人と話してるの見たことないし」


 自虐する分にはいいけど、他人に言われるとグサッと来た。


「清氷さんも桜羽さくらばさんがたまに話しかけるぐらいだよね?」

「人と会話するの面倒くさいし」


 人気VTuberとは思えない発言だった。

 昨日までの僕は、ひよりちゃん、魂も陽キャだと信じていた。期待が外れて、残念どころか、むしろ親近感が湧いた。


「で、話は戻るけど……僕みたいな人ばかりだったら死のうと考えなかったって、どういうこと?」


 推しの力になりたくて、聞いてみた。


「だって、夢咲くんはくだらない噂に振り回されずに、冷静に物事を見て、ひよりを信じてくれた」

「……」

「そんな人ばかりなら、あたしは現実に打ちのめされなくて済んだ」


 清氷さんはため息を吐く。豊かな胸が上下に動いた。


「僕は炎上の事実自体を認めてないだけ。自分に都合の悪い現実は消し去る派なんだ。全然たいしたことないよ」

「そういう発言も、自分を客観的に見てないとできないと思うんだけど」


 推しが僕を評価してくれて、メチャクチャうれしい。

 最近、人に褒められてないので、恥ずかくなる。


「でも、僕、スパチャは月に500円だよ」

「スパチャは金額じゃない。無理しない範囲で、楽しんでね」

「でも、僕、ひよりちゃんに認知されてないし」

「アカウント名教えてもらっていい?」

「ドリームフラワー翔だ」

「……知ってる」

「知ってるわけないよね?…………………………えっ⁉」

「だから、知ってる」

「なんで知ってんの⁉」


 僕なんか特別に目立つリスナーじゃないのに。


「スパチャ読みをやってるとね。自然と名前は覚えられるものなの」

「すげぇ」


 ひよりちゃん、デビューして丸1年。大手事務所で活動していることもあり、相当な金額のスパチャをもらっているはず。

 僕みたいな少額の人間まで記憶するなんて、さすがとしか。


「それに、『ドリームフラワー翔』はダサいし」

「グサッ」


 ここで落とされるの地味にきつい。


「ドリームフラワーって、夢咲を英語にしてみたんだ。センスなくて、すまん」

「冗談冗談。大好きなリスナーさんを貶めるわけないじゃない」


 清氷さん、無表情だから本当に冗談なのかわかりにくい。


「大好きなリスナーさんと言いつつ、例の噂では怒るんだな?」

「だって、VTuberにも感情はあるし、なにをされても黙ってるサンドバッグじゃない」

「……人気者も大変なんだな」

「有名税とか言う人いるけど、ふざけんなって感じ」


 氷の女王、毒を吐く。


「まあ、本人からしたらたまったもんじゃないな」

「やっぱり、夢咲くん、話がわかる」


 氷の女王、今度はうんうんと大きくうなずく。学校とキャラがちがいすぎる。


「人気VTuberになれば、現実も変わるかと思ったけど、目立てば目立つほどしょうもない人に絡まれるし、炎上狙いのネット記事もマジでうざい」

「アンチやマスゴミはなぁ」


 完全に清氷さんの愚痴を聞く流れになっていた。

 僕は彼女の自殺を防ごうとしている。愚痴を吐き出して少しでもスッキリして、死ぬのをやめようと思ってくれればいい。


「現実というクソゲーにパッチを当てたところで、クソゲーはクソゲー」

「清氷さんの言うとおりクソゲーだね」

「おうよ。酒持ってこい。酒!」

「高校生のひとり暮らしの家に酒はありませんよ」

「むしろ、親がいないから買うんじゃないの?」

「酒を飲むぐらいだったら、ひよりちゃんにスパチャを送るし」

「うれしいけど、若者のアルコール離れが加速しちゃうよ」

「だから、僕は未成年だって!」

「酒、持ってこい!」


 清氷さん、できあがっている。

 時計を見たら、午前0時をすぎていた。

 明日も学校がある。が、どうでもよくなった。

 彼女をこのまま帰すわけにもいかないし、授業よりも命の方が大事だから。


「とりあえず、コーラをお持ちしました」


 冷蔵庫から出したコーラのペットボトルを渡すと。


「ぷしゅ~。これだよ、これ」


 氷の女王はストゼロを前にした飲酒系VTuberみたいな顔をしていた。

 さっきは飲まないと言ったコーラをゴクゴクと流し込んでいる。


「はぁ~たまんないよぉ」

「ようござんした」

「夢咲くん、ひよりちゃんのおっぱいどう思う?」

「3D衣装だと上着がパージできるじゃないですか。そのときの谷間のむっちり感がマジでたまんないです。3Dお披露目配信のとき、胸をガチ恋距離してくれて、永久保存しました」

「おっ、夢咲くんもノリがいいねえ」

「さいですか」

「コーラ飲んで、現実を忘れちゃおうよぉ」


 現実がクソゲーだから、現実を見ない。

 僕にとって、座右の銘である。共感しかない。


「そうですね。現実がゴミなら忘れるにかぎる。VTuberという夢を見てさ」

「ううん、VTuberの世界に夢なんてないよ。今日、はっきりと気づいちゃって」


 またしても、振り出しに戻る。コーラで現実逃避しようとしてもできないのだろう。

 なら、僕も正面から向かっていこう。


「でも、生きていれば、ボーナスステージもあるんじゃね? VTuberデビューできたみたいに」

「そうなんだけどさ、ボーナスステージも意味なかったから言ってるの。最初からやるだけ無駄」


 完全に諦めきっている。

 推しの見たくない姿を前にして、悲しくなってきた。

 もちろん、幻滅してファンを辞めるつもりはない。


「でも、諦めたら、そこでオワコンだよ」

「昔の名言を今風にしてもムダね」

「たしかに、僕は清氷さんの苦しみを完全にわかってあげられない。でもさ――」


 僕は彼女の琥珀色の瞳を覗き込み。


「夢を見たら、現実も楽しくなれる。ひよりちゃんに教えてもらったから、僕は譲らない」

「夢咲くん、けっこう強情だね」

「推しを守るためなら、頑固ジジイにもなってみせる」

「なに、その覚悟?」


 清氷さんはクスリと笑った後。


「そんなに夢を連呼するなら、夢が存在するって証明して」

「うっ」


 夢は物理的に見えるものではない。証明するなんて、僕の力では無理だ。

 だからと言って、怯むつもりはない。


「わかった。僕が君に夢を見せる!」

「♪げーんち、げーんち、げーんち」


 言質を取ったという意味だ。

 僕は胸を張ってうなずいた。


「けど、どうやって証明してみせたらいい?」


 堂々と約束しておいて、このざまなのが僕クオリティだ。

 笑われるかと思ったが。


「なら、あたしと一緒に住んで」

「へっ?」

「放課後。あたしと一緒にすごして、夢を証明してみせてよ」


 意味がわからなかった。


「一緒に住むって問題あるんじゃ――」

「大丈夫。あたしもひとり暮らしだから」

「だったら、なおさら問題でしょ?」


「あたし、死ぬつもりんだよ。夢咲くんに襲われても気にしないし」


 予想外の返しだった。


「僕が気にするんだけど」

「夢咲くん、あたしを襲うの?」

「もちろん、襲わないです」

「なら、決まりね」


 清氷さん、話は終わったとばかりにコーラを飲み出した。


「わかった。僕は清氷さんと同居する」

「いいわ」

「君が死なないよう監視の意味もあるからね」

「いったん死ぬのをやめるわ」


 とりあえず、ほっとしたものの。


「いったんじゃなくて。君に夢をみせて、二度と死にたいなんて言わせないから」

「うふっ、楽しみにしてるわね」


 こうして。僕はクールな同級生で、推しと同居することになった。

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