ある日親父が連れて来た子を一生監禁する話

月之影心

ある日親父が連れて来た子を一生監禁する話

 あれは俺が8つの頃だった。


「ただいま。」


 親父がその子を連れて帰ってきた。


「その子どうしたの?」


「道端で倒れてブルブル震えてたから連れて来てやったんだ。」


「いいの?」


「さぁどうだろうな。」


 親父に抱き抱えられたその子は、子供だった俺が見ても随分衰弱しているように思えた。

 目は閉じたままで、頭が小さく震えていた。


「この子は一生うちから出る事は出来んだろうな。」


 当時の俺は親父の言葉の意味が分からなかった。




 学校から帰ると、昨日親父が連れて来た子はリビングの片隅で毛布にくるまって眠っていた。

 震えてはおらず、見えていた顔や頭は昨日より少し綺麗になっているような気もした。

 お袋が風呂にでも入れたのだろうか。




 夜になって親父が帰宅すると、着替えもせずに俺とお袋をリビングに呼び付けた。


「何かと不便だからこいつ『ヒナタ』にしようと思うんだ。」


「いいんじゃないかしら。」


「ヒナタ?」


「あぁ。本名が分からない以上、名前が無いと不便だろ?どうせ一生うちから出られないんだから、今日からこいつの本名は『ヒナタ』だ。」


 道で倒れていた子を拾ってきて家に閉じ込めておくだけでも大変な事なのに、名前まで勝手に変えてしまってよいものなのだろうかと、子供ながらに不安に思っていた。




 暫くすると、ヒナタはすっかり元気になって、少しずつだが家の中を歩けるようになっていた。


「トイレはここね。」


「ヒナタはここでご飯食べるのよ。私たちと一緒には食べられないからね。」


 お袋がヒナタに教えていたのだが、いくら親父が連れて来て一生うちから出られないようにしたと言っても、同じ空間で生活をしている中でトイレはまだしも飯を食う場所まで俺たちと一緒にさせてもらえないヒナタに、俺は少しだけ同情した。


 だがヒナタはお袋の言いつけをよく守り、俺たちの生活の場へ入って来る事は無かった。


 (ヒナタがいいなら……)と俺もそれが普通だと思うようにした。




 俺が中学生になった頃、ヒナタはすっかりうちに慣れていて、俺が勉強していると横に来て覗き込んできたり、いつの間にか俺のベッドで寝ていたりしていた。


「勉強してるんだ。邪魔しないでくれよ。」


「そこヒナタの寝る所じゃないだろ……」


 文句を言いつつ、俺はヒナタが一生うちから出られない事を不憫に思い、好きなようにさせていた。


 俺は学校帰りに雑貨屋で買った小さなぬいぐるみをヒナタにプレゼントした。

 ヒナタは興味津々にぬいぐるみの匂いを嗅いだり突いて転がしたりしていた。


 ずっと部屋に居て運動不足になってもいけないだろうと、時々そのぬいぐるみを遠くへ投げて取りに行かせたりした。

 それを追い掛けて持って来させるだけでも、ヒナタには良い運動になるだろう。




 高校になると俺は勉強が忙しくなり、また交友関係も多少は広がった事で、あまりヒナタの事ばかり気に掛けていられなくなっていた。


 それでも、学校から帰るとヒナタは玄関で両手を付いて俺を迎えていた。


「ただいまヒナタ。」


 ヒナタは俺がそう言うと俺の顔をじっと見てからくるっと体の向きを変えて部屋の奥へと入って行く。


 俺だけでなく、親父やお袋が外出して帰宅した時は必ず玄関で両手を付いて出迎えていた。


 我が家に連れて来られて、少しは自分の立場を理解したようだ。




 大学に合格し、3月の末から俺は家を出る事になった。


「ヒナタの事、頼むよ。」


「心配するな。ヒナタは一生うちから出られないんだから。」


 親父は力強くそう言い、俺の不安を払拭してくれた。

 それでも8歳の頃からずっと一緒に居たヒナタと離れるのは、監禁している側が言うのも何だが少し寂しかった。


「長期休みの時は戻ってくるよ。」


「あぁ、それより頑張れよ。」


「うん、ありがとう。」


 玄関を開けていたので、親父はヒナタが逃げないように部屋に閉じ込めて扉を閉めていた。

 俺は家を出る最後の時にヒナタの顔が見られず、余計に寂しく感じた。




 4年後、何事も無く大学を卒業し、地元の企業に就職して実家へと戻ってきた。


 学生時代も何度か帰省はしていたので取り立てて懐かしいという感じではなかったが、それでも4年振りの実家は居心地が良かった。


 相変わらずヒナタはうちに監禁されていたが、随分うちに慣れたのか、あちこちをウロウロ歩き回るようになっていた。


 それでも俺が仕事から帰宅すると、以前と同じように玄関まで来て両手を付いて出迎えていた。


「ただいま。」


 俺の声を聞いてから奥の部屋に入っていくのも同じだった。

 以前と変わらない、俺たちと監禁されたヒナタの姿だ。








 テレビのニュースで梅雨入り宣言がされた日だった。

 俺は仕事が休みだったので、目が覚めるとすぐにリビングへと下りた。


 リビングの片隅で、ヒナタがうちに来た時と同じように毛布にくるまって眠っていた。


「ヒナタおはよう。気分はどうだ?」


 ヒナタは俺が来た事に気付いたように頭を少し動かしてこちらを見ようとしていたのだが、思うように動かせない様子で辛そうにも見えた。


 親父もお袋も仕事で出ていて俺とヒナタだけになった家はしんと静まっていた。


 窓の外は梅雨入りらしく、雨粒がぽつぽつとガラス窓を叩いていた。


「雨だな。ヒナタは雨が嫌いだったなぁ。」


 ヒナタに話し掛けながら、俺はヒナタの頭にそっと手を当てた。

 目を閉じたままのヒナタは多少心地良さげな表情にはなったが、体は横たえたままだ。


「ヒナタ……俺が8歳の時にお前がうちに来てもう15年目か……大学行ってた時は少し間空いたけど、それ以外はずっと一緒に過ごしてきたよな。毎日遊んで、楽しかったな。なぁヒナタ、こういうの何て言うか知ってるか?『幼馴染』って言うんだぞ。小さい頃から仲良く過ごしてきた俺たちは『幼馴染』だ。そりゃ、ずっと家から出られなくしたのは悪いと思ってるけど、『幼馴染』と一緒に居られたんだから……いいだろ?」


 ヒナタは俺の声に応えるように頭を動かし、何か言おうとしていたがその声はかすれて声になっていなかった。


 俺の両目から水が溢れ、ヒナタの姿がぼやけた。


 尚も俺の方を向こうと体を震わせるヒナタの頭を、そっと撫でるしかなかった。


 やがてヒナタの口が小さく開くと同時に、ヒナタの体からふわっと力が抜けた。


「ヒナタ……お疲れ……ゆっくり休んでくれよな……」


 両目から零れる水が止まらなかった。


 いつの間にか外の雨は本降りになっていた。




 愛猫ヒナタ 享年14歳(推定)

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