残ったのは、一抹の不安感
クィースには武術科仲間が駆け寄って健闘を称え、シオンには講師陣と騎士隊の衆が詰めかけて質問攻めの刑に遭わせた。中でも騎士隊は熱を入れて言葉を紡いでおいで。
「あのコ、将来は決まっているのかい!?」
「ぜひぜひ、騎士隊への入隊を考えさせてあげてほしいのだけど、実力者はメナニス隊長も喜ばれると思うわ。クルブルトもすごく強くなっていたし、いったいどんな特訓」
「全員に眠っていた才覚を目覚めさせたお前さんにも礼を言わねえといけねえな!」
感謝の意を示すならどうか全員、今すぐ黙ってくれないだろうか? こっそりとだがしっかり考えて瞳に駄々漏れシオンである。シオンはうるっさい騎士隊の衆に改めて相手をしてくれたことに対する感謝を述べてメナニスにもよろしく言ってほしいと伝えた。
騎士隊の衆に帰ってもらい、講師陣も質問や勧誘はのちほど書面で要望してほしいと告げてさがってもらった。シオンはその陰でこそこそでていくベイラーズ兄弟をちら見してからウィシークを窺った。あのゴミクズ共はどうなるのかだけは今聞いておきたい。
「予定通り懲戒免職の手続きを取ります」
それだけ聞ければシオンは満足。そもそもがバウク・ベイラーズに一泡噴かせて復讐した上で追放処分にできればいうことなしだから。生徒たちも満足するであろうしな。
――満足?
ふと、不意なことなにか、思いだした。それは古い記憶のようであり、懐かしい。
幼いシオンとヒサメ、じゃない。――と――だ。ふたりはどこか緊張した面持ちで誰かを見上げている。いたが、そのひとはしゃがんで視線をあわせ、にっこり微笑んだ。
――ねえ、どうかな、――?
――上出来ですぢゃ、お嬢様。この短期間でよくぞここほどのものをこしらえて。よく頑張られましたな。――も嬉しく誇らしく思いますぞ。さあ、では、――たちにも。
――わーい。――、教えてくれてありがとう。これでおけがをしても平気だよね?
――ふふ、お嬢様。せぬが一番ですぢゃ。
――でもね、知っていたら役に立てるよ? 私たちはみんなの役に立ちたいの。どんなことでもするよ。だって望まれるなら、どんなことだってしあわせ、なんでしょう?
――……っ。
そうだ、覚えている。あの時、――たち姉妹が言ったことに――はひどく悲しい、激痛を堪える表情をした。なんで、どうして。そんな辛そうなお顔を、あなたはするの?
シオンは自身の振り返りが瞳にも揺らがないよう気をつけて続きを思いだす。あの時のアレはたしか、――に見てもらってはじめて傷薬を煎じた際の記憶。それを元にローを治療したのだ。曖昧なものではなかった。そう、その――というひとの顔と姿以外は。
あのひと、――が辛そうな顔をしたのを双子は不思議に思ったが、その足でネェリィエとルゥリィエにもできあがった、頑張ってつくった傷薬を見てもらって同じことを言った。望まれるならどんなことだって幸せ、だと。喜んでほしくて言った筈だ。なのに。
ネェリィエは泣きだしそうな顔をした。ルゥリィエは力いっぱい抱きしめてくれて嬉しいけど苦しくて、放してよと言っても放してくれなかった。だけど、今はもうない。
かけがえのないぬくもりは失くなってしまった。失いたくないと思っているのは今のシオンとなった自分で過去には思いもしていなかったんだと知った。望まれることすべてが幸せであるわけでもないのだということを。幼い――たちは知らなかったのだろう。
みんなの、――が望んでくれることは叶えたかったし、その希望に沿いたかったけどシオンは、サイであった時、大事な――である筈なのに死を望んだ鴉に抵抗して……。
抵抗したからあの結末だったのか。それとも彼を、ココリエを――しまったサイが悪かったのか。わからない。わからないがもしも時を戻せるのなら、せめて心ひとつを。
きっと、後悔する。した。どんな選択をしても後悔するなら誰かが傷つかない選択を選択すべきだと、今のシオンはもう学んでいる。ただ、実践できるかは不明であった。
わかっていて、傷つけるかもしれないと思っても譲れないナニカがあればシオンはそういう選択をしてしまうのだろう。選んでしまう。だってそれが最善だと思ったから。
シオンとその他。彼女の中にある選択の天秤はその二択しかない。常に誰よりなにより軽いシオンは軽んじられるべきだと思い込み、顧みられることがなかった為に無謀。
無謀だ、バカか。なぜ自分のことばっかり犠牲にするんだ、自分がそんな嫌いか?
何度、同じことをいろんなひとに言われてきたことか。すべてにシオンは飽いていて答をわざに言わねばわからない、察せない愚図か? と訊いてみたことがあったっけ?
そう思いだすシオンは闇に在り、闇に生きていた絶望の日々を思いだして心中で笑っておいた。くだらないことを考えるのは不穏の予兆。もうわかり切っている直感によって予見された未来が回避不可能なら今は、せめて今だけは誰もが心穏やかで在れるよう。
もう、名も顔も姿も思いだせないネェリィエとルゥリィエがどんなに案じてくれて心配して心を割いてくれるとしてもふたりには多分シオンでいる限り会えないから――。
そんな諦めを抱いてシオンはシオンの周囲に在る者たちの笑みが絶えないように。
「ツキミヤ先生ーっ!」
「む?」
「ありがとうございました!!」
生徒たちの声。今、シオンが守って大切にしなければならないぬくもりを持つ者たちの声がして言われたことを理解してシオンは心中の笑みを苦笑に変えた。だってそう。
こんなふう、慕われる資格などないと思っているのに嬉しくて、頼ってもらえるのが擽ったい。だけど、望んではならない。シオンになろうと自身は、
こんなことを考えるのは先々に不穏を見たせいかはたまた常々感じている一抹の不安から来たものなのか。それはわからない。知れない。でも、どうでもいいことだよね?
「本日は祝いに店を予約している」
「ええっ!? マジで!?」
「焼肉店? というのを学生は多人数で利用するようだし、全員良以上故、奢りだ」
「……。ゴ、ゴチになりまーす!」
片づけを済ませて店に向かう彼女の心にあるは際限ない守るという使命感だった。
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