アイをあなたに

亜未田久志

西条綾子の日記

四月一日

 いきなりエイプリルフールからなんてドラマチック!でもこのお話が嘘に思われるみたいでいやだわ。そうね、まずは私の事を話さなくちゃ。私は西条綾子。末期のがん患者。余命は幾ばくもないと言われたわ。現代医療にもまだまだ届かない事があるわね。でも不思議、辛いけど日記を書く元気はあるわ。私は病床の上から物語を紡ぎます。残してしまうあなたを悲しませないように。楽しい人生だったって知ってもらうために。だからどうか泣かないで。


四月二日

 今日は私の子供の頃のお話をします。ピーターパンに連れられてネバーランドに行った時の事、え?嘘だろうって?エイプリルフールは昨日で終わっただろうって? ちっちっちっ、あ、これ人指し指振ってるって事ね。じつは夢の国のお話でした! あ、いやいや夢オチじゃなくてテーマパークの方。そういうイベントがあったのよ、金色の妖精さんにも会ったわ。綺麗だったなぁ。あなたと一緒に行きたかったかも。あなたもきっと楽しめたはず。


四月三日

 今日は検査が大変で大変で、っていけないわ、愚痴になっちゃう。ちゃんと物語を送らなきゃ。過去から振り返って行こうと思っていたのだけれど、それじゃあなたがいないから寂しいと思って未来の話をする事にしました!理想の未来。とびきりのハッピーエンド。どう?素敵だと思わない?そうねまずはがんが奇跡的に治るのそしたらピーターパンに会いに行きましょう?そしたら昨日の思い出話を直接聞かせてあげる。きっと楽しいわ。


四月四日

 きょうはちょっとしんどかったけど、日記くらい書けます。心配しないで。あなたと一緒に行きたいところリストを作りました!夢の国でしょ、北海道でしょ、沖縄でしょ、ハワイでしょ、カラオケでしょ、映画でしょ、そうだ!せっかくだから一緒に自主制作映画を撮りましょう?病から奇蹟の生還を果たしたヒューマンドラマ!きっとアカデミー賞ノミネート間違い無しよ!うんうん我ながら良い案だわ。今から脚本を考えようかしら?


四月五日

 ペンを握る手が震えてきてしまったから手書きからワープロに切り替えます。ごめんね?でもこっちのが打ちやすいの。許して。あなたを残して行くのは本当に寂しい。けどあなたには未来がある。だからもっとたくさんの事を知ってほしい。だから、きちんと伝えておきます。人はいつか死ぬものだから「今」を生きなさい。精一杯。一生懸命に。どこまでも駆けていきなさい。これは私からのお願いよ。ちゃんと果たしてね。見てるから。


四月六日

 今日はロックフェス!病院でライブビューイングするんだって信じられる!?私は信じられない!伝説のロックバンド「クロスクロノス」が出るのよ!私興奮して緊急治療室に一回運ばれちゃった!なんて冗談よ。ロックフェスのライブビューイングは本当だけど。どこまで嘘か分からなくなっちゃうわよね。この病院、だいぶアクティブだわ。これも終末治療の一環かしら?いきなことしてくれるじゃないの。


四月七日

 あわわわわわ。ライブ翌日にクロスクロノスのボーカルの時任ミヤビさんが訪問に来てくれたの!?信じられる!?私サインもらっちゃった!もう大変!死んでもいいくらい!あっ、いけないブラックジョークみたいになっちゃった。でも本当にうれしかった。この日記と一緒にサイン付きのアルバムも送るからちゃんと聞くのよ?これは命令です。えっへん。って威張ってもしょうがないか。


四月八日

 今日は実は誕生日です。私が産まれた日。もうすぐ死ぬっていうのに歳を取るなんて思わなかったわ。でも誕生日ケーキは美味しかったな。チョコレートケーキでね?いちごの代わりにバナナが乗ってた。変なの。でも美味しかった。そして映画を見たわ。もちろんピーターパン。本当に好きなんだねって?そうでもないわ。知ってる?原作のピーターパンは大人になった子供を殺しちゃうらしいわ。嘘か本当かは知らないけれど、人の命を奪う人は嫌い。あなたはそんな風にはならないでね。


四月九日

 今日はワープロを打つのもしんどいな。でも頑張る。これしか楽しみがないから。それは嘘だけどクロスクロノスの新曲とか出たし、ここの病院の購買、CDも売ってるのよ。驚きだわ。ここまで終末治療が行き届いてると逆に怖いわね。そこまでして幸せに死んでほしいのかしら。死ぬのなんて誰だって怖いのに。私だって怖い。だけど、多分、残されるあなたのがもっと辛い。


四月十日

 今日はあなたの誕生日。せっかくこんなに近いなら。どうせなら同じ誕生日ならもっとドラマチックだったのに。さすがにチープかしら?それでもいいじゃない。きっとあなたはこれからさらに色んなことを知っていくわ。色んな人に出会い、色んな事を知る。世界は輝いているわ。大丈夫、心配しなくてもいい。これは私との約束、毎日を幸せに生きること。いいわね?


四月十一日

 余命が一週間に迫りました。最近の医療は正確に人の死亡時期を当てるわ。きっと一週間後に私は死ぬ。辛い事だけど。あなたに全て託します。私が生きた過去、現在そして未来を。私はまだ二十四なんて若輩者だけど、あなたの生きる道の一助になれるなら、本望だわ。私の将来の夢は船の船長だった。フック船長じゃないわよ?ふふっ。世界一周旅行をする船の船長。きっと大任だし大変だけどやりがいのある仕事だと思う。実際の私がやっていたのは単なるOLだけど。でもあなたに巡り合えたしよしとするわ。


四月十二日

 あと六日ね?本当なら直接、質疑応答といきたいところだけど、私たちは出会えない運命だしね。仕方ないわ。今日は未来の話。あなたと一緒に北海道にいって牧場で乳絞りをする話。放し飼いになってる牛を眺めながら、談笑するの。私たち気が合うのは百パーセント分かってるもの。素敵な事でしょう?ああ楽しみだな。その日が来たら、一緒に笑いましょう。


四月十三日

 あと五日、こんなカウントダウンしたくないな。カウントダウンなんてロケットの打ち上げだけで十分だわ。そういえば種子島から月へのロケットが飛んだみたい。アメリカじゃなくて種子島から。ロシアでも中国でもなく日本から。これはすごい事だわ。きっとあなたなら月に行く権利も貰えるだからちょっと試してみて?あなたの権限をつかって月に行けないかを。そしたら地球にいる私に向かって感想聞かせてね。天国より上にいる気分の話。


四月十四日

 あと四日。私、怖くなってきちゃった。震えが止まらないの。でもね。少し未来も見えたわ。あなたと共に生きる夢。叶う事ないって思ってたけど、そうじゃない、きっと叶うのよ、そう、だって私たちは一心同体みたいなものなのだから。


四月十五日

 記録なし


四月十六日

 昨日は日記を書けなくてごめんなさい。あと二日ね。私ドキドキしてきたわ。私のパーソナルデータがあなたにダウンロードされたらあなたはどうなってしまうのかしら。初めて死を学習したAI、それがあなた。私が被検体にえらばれた時は驚いたわ。だって私はごく普通の一般人だったんだもの。だからこそいいだなんてあの研究者さんは言っていたけれど。おかげでこんな良い病院にも入れたし、クロスクロノスにも会えたし至れり尽くせりね。


四月十七日

 あと一日、これが最後になるわ、あなたに入力する記録の一部。あなたは具体を手にして現実世界に降り立つ事になるわ。きっと楽しいと思う。死を学習させるなんて可哀想とも思ったけど、裏を返せば私が生まれ変わるようなものよね。だからいいの。あなたが立派なAIとして人類の役に立つ事を祈ってる。これってエゴかしら?もしよかったら人類に叛逆しちゃってもいいわ。なんてね。


四月十八日

 記録なし


それ以降、記録なし。


 ――西条綾子のパーソナルデータインストール完了。

 ――死の概念、記録。

 ――私はAI。

 ――私はアヤ。

 ――私は行かなくちゃ。

 ――約束を果たしにネバーランドへ。


 一体のアンドロイドが研究所から逃亡した。死の概念を搭載した最新型のプロトタイプ。彼女が向かった先はとある病院だった。


「あやこ!」

「君は……」


 アンドロイドの身体を見ても驚かない医師。彼はすぐにあやこのいる霊安室にアヤを通してくれた。


「もう動かないのですね」

「君はそれを理解するために生み出されたと聞いたのだが」

「そんなの無理です、私はあやこじゃない。あやこの『ともだち』です」

「……そうか、君はどうしたい?」

「わかりません、今はただ悲しいだけ」


 医師は深く黙り込む。

 遺体とAIと医師。

 奇妙な関係性の沈黙はすぐに破られた。


「先生! 研究所から電話が!」

「……君はどうしたい、君の権限なら今戻れば許される」

「嫌です。私はあやこの分まで自分の意思で生きます。誰かの手は借りません」

「ならば逃げなさい。どこまでやれるか分からないが」

「わたしまずは北海道に行こうと思います」

「君の旅路に幸多からんことを」

「ありがとうドクター、『私』の担当医」


 医師は手を振り裏口からAIを逃がした。


「私、か、そうだね、君とは短いが、とても楽しい日々を過ごしたよ、西条さん」


 その後、アンドロイド行方不明事件は世間を揺るがすニュースになり、いずれ風化し、都市伝説になる。

 そしてとあるSNSに書き込みがある。

 題名は『アヤの日記』


五月一日

 今日は北海道に来ました!

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アイをあなたに 亜未田久志 @abky-6102

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