第126話 視力を完全に補うことはできない

 真一の目は、まだ見えていない。

 しかし、脳内に描かれる鮮明なイメージの中で、真一は自分自身の姿を客観的に捉えることができている。それは泥だらけで、傷だらけで、決してきれいな姿ではなかったが、間違いなくミノリの視点から見る真一自身のありのままの姿だった。

『真一、どう? それで動けそう?』

音を通して、ミノリの声が聞こえた。

「ああ……やってみる」

真一が右に動くと、イメージの中の真一は向かって左側へと移動した。

「なるほど……そうなるのか……」

これは、単純に左右反転しているわけではない。今のように、ミノリが真一を正面から見ていたら動きは反転するが、ミノリが真一を背後から見ていた場合は反転しないのだ。単純な理屈ではあるが、直感的には動けないため、中々に難しい。

『ごめんね、真一。これは、あなたの視力を完全に補うことはできないの』

「いや、充分だ。すぐに慣れてみせるよ」

申し訳なさそうなミノリの言葉に、真一は自信を持って答えた。その言葉は、決して強がりなどではなかった。真一は以前、古いテレビゲームで同じような操作感のゲームをプレイしたことがあるのだ。

 一通り動きを確認をした後、真一はミノリの方へと向き直った。

「よし、行こう。みんなが待ってる」

二人は、雅輝まさき大智だいちの待つ戦場へと走って行った。


 数分後、真一たちは戦場のそばまでやって来た。ミノリの視界から共有されるイメージの中でも、雅輝と大智の姿をはっきりととらえることができる。二人は共に大智の遊浮王ユーフォーに乗り、エンゼルの攻撃をたくみにけながら戦っていた。

 見たところ、二人に目立った傷はない。しかし、エンゼルにもあまりダメージを与えられてはいないようだ。

「みんな、お待たせ!」

真一は二人に向かって叫んだ。すると、上空から雅輝が返事をする。

「待っていましたよ、真一さん。もうイメージ共有には慣れましたか?」

「あぁ、何とかな」

すると、大智も真一に負けない大声で叫んだ。

「遅いぞ真にぃ! 待ってる間にやられてたら、化けて出てやろうと思ってたからなぁ!」

「ご……ごめん!」

真一は謝ったが、うしろめたい気持ちはない。ミノリの音でつながったことにより、大智が本気で怒っているわけではないことが伝わっていたからだ。


 全員が一つの場所にそろったことにより、ミノリの曲は更なる展開を迎えた。

『みんなの視界をつなげて、戦場全域を立体的イメージとして出力する! みんなで真一の視野をカバーしよう!』

 ミノリの声と共に、曲のテンポは速くなり、それでいて音の一つ一つがよりはっきりと聞こえるようになった。すると、真一の脳内に広がるイメージが、ミノリ一人分の視界から徐々に広がっていき、戦場全てを俯瞰的ふかんてきに見られるようになった。その視野は自由に拡大縮小も可能で、自身の周りの状況も以前よりも格段に把握しやすくなっている。

「すごい……こんなことができるのか」

この曲を使えば、どれだけ広大で複雑な状況でも、全体の様子を同時かつ正確に把握することができる。ミノリは視力を完全に補うことはできないと言っていたが、真一は今、目が見えていたとき以上に周りの状態を正確に把握できるようになっている。

「これなら……やれる!」

真一は剣を握り締め、共有されるイメージの中心をエンゼルへと固定し、自身の背中越しに彼女を捉えるようにした。それはまるでゲームの画面のようで、真一の心はたかぶった。しかしこれは、真一がいつも遊んでいた一人用のゲームではない。これは現実で、そして、真一はのだ。

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