第127話 ワタシハ シニタクナイ!

 真一は、夜の学校で鋼太こうた彩華あやかが戦っているのを見たときから、自分も彼らのように、仲間と一緒に戦いたいと思っていた。

 それ以降、真一は何度か他の隊員と共に戦う機会があったが、その中で、本当に自分が仲間として戦えている自信はなかった。みんなの役に立ちたいとか、逆に足を引っ張りたくないとか、そのような感情が先立っていたのだ。そのため、みんなと共にいても、心の中の寂しさは埋まらなかった。


 しかし、ミノリの魂楽多重奏こんがくたじゅうそうさとり】の効果で、客観的に見る真一の姿はどうだろう。真一は、あの時の鋼太と彩華のように、仲間と協力して戦っているではないか。雅輝まさき大智だいちも、真一を信頼しているように見えるし、真一自身もそれに応えている。互いに互いの欠点を補い合い、長所を高め合う、そんな理想的な連携をしている。


 それにもかかわらず、ずっと孤独感にさいなまれていた原因は、真一自身が自分は孤独だと思い込んでいたからに他ならない。

 思い返してみれば、学校の教室でも、真一に話しかけてくれる人はいた。その数は決して多くはなかったけれど、ゼロではなかった。人を遠ざけていたのは、他ならぬ真一自身だった。

 真一を嫌う人は確かにいたのかもしれない。しかし、それは全員ではなかった。

 あの頃から、周りは何も変わっていない。変わったのは真一だけ。

 

 真一は、最初からひとりではなかったのだ。

 そのことに、今、やっと気がついた。


 真一と雅輝と大智の連携は素晴らしく、エンゼルに次々と有効なダメージを与えていく。エンゼルの翼は残り一枚のみで、手足の傷も再生してはいない。対する真一たちは、真一の防御のおかげでほぼ無傷のまま戦えている。

「キュウニ ウゴキガ カワッタ ドウシテ?」

 戦いの最中、エンゼルは相変わらずの片言でそうつぶやいた。

 もう、今の真一たちに取ってエンゼルの攻撃などおそるるに足らない。ミノリの指揮の下、真一たちは隙のない完璧な連携を作り上げていたのだ。

「イヤ イヤ マケタクナイ ワタシハ シニタクナイ!」

エンゼルは叫び、空中で激しい光を放つ。その光で誰もが目を覆い、その隙に追撃を逃れたエンゼルは、高速で空中を飛び回る。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

大智の遊浮王ユーフォーでも追いきれないほどのスピードであったが、その動きはでたらめだ。何の意図もなく、苦し紛れに逃げ回っているように見える。しかし……。


「あれっ? なんかアイツ、増えてない?」

S級の中でも飛び抜けた動体視力を持つ大智が、最初に異変に気がついた。

「やっぱり増えてるって! なんじゃありゃ!」

旋回していたエンゼルは、いつの間にか数十体にまで増えていたのだ。空を覆い尽くすほどにまで増えたエンゼルたちは、皆バラバラな方向を向いている。

「何アイツ! 分身したのかぁ?」

大智の疑問に、雅輝が答える。

「いえ、あれは以前に見せた虚像の応用です。自分と同じ見た目の虚像を大量に作り出しているんです。狙いはおそらく……」

宙に浮かぶ大量のエンゼルたちは、一斉に自身の周囲に浮く光の球を手のひらに集め始めた。そこに膨大な魔力が集中し、発せられる光は今が夜であることを忘れさせるほどだった。

「やはり! エンゼルは最後の破壊光線を発射するつもりです!」

「えぇっ! あの分身全部から撃つの? そんなのどうしようもないよ!」

「いえ、分身のほとんどは虚像。発射されるのは本体の放つ一発のみ、ですが……」

「どれが本体なんだ!」

時間が充分にあるのなら、集中する魔力の場所から本体を特定することも可能だった。しかし、エンゼルが破壊光線の予備動作に入ってから発射されるまでのわずかな間にそれを行うことはできない。

 破壊光線は光速の攻撃であるため、発射されてから防御していては間に合わない。また、現状で破壊光線を防げるのは真一のみ。全員で真一の後ろに隠れれば安全だが、雅輝と大智とミノリにそこまで移動している時間の余裕はない。

 つまり、現状では誰に向けて放たれるか分からない破壊光線を完璧に防ぐ手段はないのだ。

『……雅輝、大智! 二人はそれぞれ別々の方向に逃げて! そして真一は自分を守ることだけに集中して!』

 ミノリからの指示は的確だった。

 雅輝と大智がそれぞれ別の方向に逃げれば、二人が同時に狙われることはなくなる。また、真一は自分のことのみに集中すれば攻撃を防ぐことができる。しかしこれは苦肉の策。誰かが犠牲になってしまう可能性がかなり高い。そして、誰か一人でも欠けた場合、その後の作戦は総崩れになってしまう。

「ミノリさん! 悪いですがその指示には従えません!」

「オレたちは、誰一人欠けちゃいけないんだ!」

雅輝は、弓を構えた。大智はそれを補助するように、雅輝を連れて上空へとのぼっていく。大智が遊浮王を停止させると、雅輝は一瞬の迷いもなく矢を放った。その矢は一直線にエンゼルへと突き進む。雅輝は、エンゼルの本体を見極めたのだ。しかし……。


 その矢がエンゼルの虚像の近くを通った瞬間に、虚像は光と共に爆発した。

「なっ⁉︎」

爆発に巻き込まれ、雅輝の矢は撃ち落とされてしまった。

「まさか……虚像はただの目眩めくらましの分身ではなく、本体を守るための機雷の役目もあると言うんですか?」

仮に、今から雅輝が矢の雨を降らせたとしても、虚像たちの爆発で矢は全て防がれ、本体には傷一つつけることはできないだろう。それは、大智が突進したとしても同じこと。もはや、彼らに打つ手はなかった。

「そんな……こんな所で……」

「ごめん、ミノちゃん、みっちゃん……!」


 エンゼルの手から、最後の破壊光線が放たれた。

 赤いいかずちはらんだその光線の衝撃は雲を裂き、その熱は周囲の木々を燃え上がらせた。

 エンゼルが狙った相手は、誰よりも無防備で、味方を指揮し続けてきた作戦の最重要人物。

 天川あまかわ御祈みのりであった。

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