第125話 魂楽多重奏【覚】
「行くよ、
ミノリの体に魔力が集中し、それを息と共に笛に吹き込む。
奏でられたのは木管楽器による単調なリズムの繰り返し。ゆったりとした曲調で、音量も小さく、曲にあまり変化が見られない。
この曲は、どんな効果があるのだろうか。今までの曲とは、雰囲気が違うが……。
真一が疑問に思ったその時、曲に僅かに変化が見られた。木管楽器のリズムに、打楽器のリズムが加わったのだ。すると真一の頭に声が響いてきた。
『おっ、この曲ひさしぶり! オレ好きなんだよね〜』
「うわぁっ!」
真一は驚き、思わず叫んでしまう。
「い……今のは?」
聞こえてきたのは、間違いなく
「一体、どうなっているんだ?」
曲調はいまだに変化しない。しかし、今度は弦楽器のリズムまで加わってきた。すると……。
『おっ、この曲ですか。今の状況にピッタリですね!』
今度は
曲はさらに進み、ついに重低音のリズムまで加わる。
『おっ!
『お帰りなさい真一さん。待ちくたびれましたが、これからが本番ですよ!』
「えっ? えぇっ⁉︎」
いきなり自分に話しかけてきた大智と雅輝の声に、真一は更に驚いた。
「みんな、僕の声が聞こえるのか?」
『えぇ。しっかり聞こえていますよ』
『今の真にぃなら、口に出さなくても、思っただけでも声を届けられるよ』
思っただけで、そんなバカな。真一はそう考えた。
『そんなバカなって思いますよね。でも、その言葉も聞こえていますよ』
『慣れてない真にぃは、ウカツなこと考えない方が身のためだよ〜。全部筒抜けになっちゃうからね〜』
「……どうやら、そうみたいだな」
これがミノリの真の力、魂奏多重奏なのか。味方同士の魔力を
そう考えると、色々と納得がいく。
ミノリと仲間たちは、ときどき会話もなしに作戦内容を伝え合っているように見える場面があった。例えば、
しかし、どうして今までは仲間の声が聞こえなかったのか、どうして今になって聞こえるようになったのか、それが真一には分からなかった。
真一がそう疑問に思うと、それに答えるように、優しい声が響いてきた。
『それは、あなたが私たちを信じてくれたから』
「ミノリ!」
『ふふっ。こうやって話すのは初めてだね。なんだか新鮮』
魔力を通してミノリと会話することは、まるで彼女と心で通じ合ったかのように温かく、幸せに包まれるような感覚がする。
『私の奏でる魔力の音は、普通の音じゃないの。私が音を届けたいと願っていて、私の音を心から聞きたいと思う人にしか聞こえないから……』
「ミノリの音を、心から聞きたいと思う人……」
真一は当初、ミノリの音を聞くことができなかった。一度聞こえるようになってからも、何度か聞こえなくなる時があった。それは、ミノリの音を聞こうとしていなかったからだったのだ。彼女自身を信じることができず、彼女を疑っていたから、聞こえなかったのだ。
「あぁ……」
なんということだろう。ミノリは、真一が彼女を信じていない間も、ずっと真一を信じて音を送り続けていたのだ。それなのに真一は、ミノリが自分を見限ったと勘違いし、彼女を責めたことさえあった。ミノリからしたら、見当違いもいいとこだろう。本当に見限られたとしても無理はない。それにもかかわらず、ミノリは以前と
『それに、音だけじゃなくて声が聞けるようになったのは、真一が私たちに心を開いてくれた証拠なの』
「心を、開く……」
真一の脳裏に、今までの記憶が浮かんでくる。
僕は今まで心を閉ざしていたのだろうか。そんなつもりはなかった。しかし、心を開ききれていなかったのも事実だ。
真一は、仲間と一緒に戦うことを望みながらも、仲間を頼ることを無意識に避けていた。仲間と協力する方法で、彼が知っている方法は、仲間から頼られることのみだったからだ。それゆえに、真一にとって自分が誰かを助けることはすすんで行えても、自分が誰かに助けられるような事態は避けていた。そう、少し前までは。
「あのとき……僕が『助けて』と叫んだとき……」
真一が植物のツルに絡まり、七志の幻覚を見ていたとき。真一はミノリに助けを求めた。それが、固く閉ざされた真一の心を開く、最後のきっかけとなったのだ。
ミノリと真一、それに雅輝と大智の音による合奏は、全員で同じフレーズを重ねながら、更に大きく膨れ上がる。最初は弱くかすかだった音も、今や大きく壮大な曲へとなりつつある。
『声が聞こえることは、魂楽多重奏の基本的な効果。でも、【覚】の曲の効果はこれだけじゃないの。いくよ真一! 一緒に戦おう!』
ミノリの声と共に、真一の脳に様々なイメージが描き出される。
「うお……おおおっ⁉︎」
それは、まるで目の前に景色が広がっているかのように鮮明なイメージだった。そして真一は、そのイメージの中で、真一自身の姿を見つけたのだ。
「えっ……?」
真一が右手を動かすと、イメージの中の真一も右手を動かした。それは鏡写しのように、反転して見えるのではなく、真一自身の姿を客観的に見ているようだった。
「これは……一体?」
『これが、魂楽多重奏【覚】の効果。【イメージによる他者との視覚共有】。真一が今見ている自分の姿は、私が見ている真一の姿だよ』
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