第123話 助けて……

 一点の光さえない暗闇。それが、今真一の眼前に広がる景色だった。周りの状況はまったく分からず、自分の手足の位置さえ曖昧あいまいになる。

 感じられるのは風の音と、鳥肌が立つような寒気さむけと、悪鬼あっきエンゼルの恐ろしいまでの魔力だけ。

「うあああああああああああああああああああああああああ!」

真一は恐怖のあまり叫び出し、うずくまる。


「真にぃはどうして目が見えなくなってるんだ? なぁ⁉︎」

大智だいち雅輝まさきに問いかけた。

「……エンゼルの能力で、真一さんののでしょう。実際に失明したわけではないので、エンゼルを倒せば元に戻ります。ですが……」


「うぅ……っうわあああああ……」

 真一はうずくまったまま、激しく震えていた。

「真一さん、落ち着いてください。まずはあなたを安全な所へ……」

雅輝は真一の肩に手を添える。

「⁉︎」

真一はビクリとし、咄嗟とっさに雅輝の手を払いのけてしまう。

「あっ……」

真一に、今の。しかし、自分のした行為がどのようなものかは理解できた。真一は、彼を心配してくれた雅輝の優しさを拒絶してしまったのだ。

「あっ……違う……あぁ……あぁぁぁっ!」

真一は、走ってその場を逃げ出した。

「真一さん!」

しんにぃ!」

そう叫ぶ雅輝と大智の声は、もう真一には届かない。


 嫌われた。確実に嫌われた。せっかく仲間になれたと思ったのに。あんなことしたら、確実に嫌われた。

 真一は途中、何度も転んだ。手足を擦りむいた傷は鋭く痛み、泥をかぶったシャツは肌に張り付き、ジャリジャリと気持ちの悪い感触がする。

 それでも真一は、何も見えない森の中を逃げ続けた。

 仲間に嫌われたことが怖かったから。エンゼルと戦うことが怖かったから。

 ゴンッ。

 にぶい音が静かに響く。

ってぇ……!」

真一は木に頭をぶつけてしまった。そのまま後ろ向きに背中から倒れ、頭を抑える。

 雅輝と大智の声は、あれから一度も聞こえてこない。自分に近づく気配も感じない。自分のそばには誰もいない。何も見えない森の中で、自分は本当にひとりぼっちだ。


『そんなことないサ……』

真一の耳元で不気味な声が響く。

「な……七志ナナシ⁉︎」

驚いて飛び起きるも、周りには何の気配もない。それでも、耳元から聞こえる声は消えなかった。

『キミにはボクがいる。羅刹らせつになって、ボクの仲間になるんダ……』

恐るべき悪鬼である七志が今、近くにいるのだ。

 

 ……いや、七志はそばにはいない。頭では分かっていることだった。

 七志の魔力を感じない。七志の気配を感じない。しかし、声だけははっきりと耳に響いてくる。その声だけで、真一に七志の存在を信じ込ませるには充分だった。

『ボクならキミを見捨てナイ。ずっとそばにいるヨ……』

「うわあああああああああああああああっ!」

やがて、真一の全身は動かなくなっていった。七志の発する黒い炎に縛られたような感覚がして、もう指一本動かせない。

 

 僕がみんなと仲間になるなんて、最初から無理な話だったんだ。

 僕は嫌われ者で、勘違い野郎で、精神的に未熟だから。

 無条件の愛ってなんだよ。たった一人、妹から愛されたってだけでうれしくなっちゃって。別に僕が変わったわけじゃないじゃないか。

 僕はひとり。その事実に、何の変化もないじゃないか。


 真一の体はどんどんかたく、冷たくなっていった。


 でも……あぁ、イヤだな。まだ死にたくないな。

「助けて……」

ここで終わりたくないな。もっとみんなと一緒にいたいな。

「助けて……!」

 ミノリ、君と一緒にいたい。もっと、ずっと一緒にいたいんだ。

「助けて! ミノリぃぃぃぃぃ!」


「真一?」

真一の目の前から、声がした。

「ミノリ︎? ミノリなのか⁉︎」 

「よかった、無事だったんだね」

 真一の手に、柔らかく温かい感触が広がる。

 この感覚、この声。間違いない。見えていなくとも分かる。

 今、真一の目の前にいるのは、なのだ。

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