第122話 アナタガ イナケレバ

 渾身こんしんの一撃を放った真一は、ぐったりと膝をついた。剣をつえにしてなんとか倒れずにいたが、それがなければもう二度と立ち上がれない程に消耗し切っていた。

「まったく、無茶しすぎです」

真一の後ろから、雅輝まさきあきれ顔で声をかける。

「でも……有用な情報が……手に入っただろう?」

真一は息を切らしながら返答する。

「確かにそうですね。エンゼルの攻撃のパターン、移動能力の向上具合、再生能力の程度。それだけの情報を一人で引き出したんです。大したものですよ」

雅輝は、真一の戦いを後ろで観察し、冷静に敵の情報を分析していた。雅輝はその手の分析にかけてはS級の中でも飛び抜けた能力を持っている。真一は、自分が戦い、雅輝が分析すれば、エンゼルの情報が効率的に手に入ると考えたのだ。

「でも……まだ」

真一はうつむき、歯を食いしばる。そして雅輝も表情を曇らせた。

「えぇ、分かっています。まだ、終わりじゃないですよね」

雅輝は、視線を真一から上げ、遠くを見つめる。そこは真一が攻撃を放った先。砕けた地面の先端。いまだに土埃つちぼこりが立ち込める場所。

 そこに見えたのは、悪鬼エンゼルの姿だった。

 彼女は翼が六枚に増え、体も大人の美しい女性の姿になり、その立ち姿からは以前のような機械的な雰囲気は消え、より人間的な自然な立ち方をしている。

「ごめん雅輝、倒しきれなかった……!」

そう言って唇をむ真一の肩に、雅輝は静かに手を置いた。

「いいえ。あなたのやったことには大きな意味がありました。あれを見てください」

雅輝はエンゼルの方を指さした。

「何か気づきませんか?」

真一はエンゼルの姿をよく観察した。

 六枚に増えた翼、美しく成熟した女性の体、長い髪、そして光の球に光の……?

「頭の上にあった、光の輪がなくなってる?」

「その通りです。エンゼルの光の輪は、再生して進化するたびに大きくなっていました。しかし、それが今は消えている。つまりこれは、今のエンゼルの姿が最終形態で、もうこれ以上再生も進化もしないことを意味しています」

「じゃぁ、今度あいつを倒せば……!」

「えぇ、任務完了です!」

真一の表情に生気が戻ってきた。

「さぁ真一さん、もうひとりですよ!」

「あぁ、やってやるっ!」

真一は立ち上がり、剣を構えた。と、そこに、大智だいち遊浮王ユーフォーに乗って飛んできた。

「オレも一緒だからね! 二人ばっかりにいいカッコさせないぞー!」

真一、雅輝、大智の三人はうなずき合い、そしてエンゼルの方へと顔を向けた。

「最後の決戦です!」


 それからの戦闘は、三人のコンビネーションのおかげで、とても安定していた。

 真一はエンゼルの攻撃を防ぎ、隙を見つけて自らも攻撃を仕掛ける。それをエンゼルが避けた隙に、雅輝と大智が強力な一撃をたたむ。彼らを狙うエンゼルの攻撃は再び真一が防ぎ、注意を真一に引き戻す。

そうして少しずつダメージを与えていき、エンゼルの翼を一枚、また一枚と切り落としていった。


 いける!  

 真一は今度こそ勝利を確信した。


 もう完全にパターンに入ってしまっており、相手はなすすべがない。あと数回、雅輝と大智の攻撃が入れば勝てる!

 そう思ったその時。

 

 カッ!

 

 エンゼルを中心に、まばゆい閃光せんこうが発せられる。あまりのまぶしさに、真一は手で目を覆った。


「ヤッパリ アナタガ イチバン ヤッカイネ……」


 すぐそばから聞こえた声に驚き、真一は手をどけ、前を見る。なんと、エンゼルが自分の目の前にいるではないか。真一はその場を離れようとするも、それより早くエンゼルの手が真一の目にかぶさるように顔をつかんだ。


「アナタガ イナケレバ ワタシハ マケナイ」


 エンゼルは不気味な片言で語り、手のひらに魔力を集中させる。やがてそれは光を伴いどんどんと膨れ上がる。このまま破壊光線を撃たれたら、真一は確実に殺されてしまう。

「真にぃから離れろ!」

飛んできた大智の拳がエンゼルの体を打ち上げる。

「好きにはさせませんよ!」

続いて雅輝が、浮き上がったエンゼルに追撃の矢を大量に叩き込む。エンゼルはたまらず距離を取った。

「大智……雅輝、ありがとう」

真一は目を押さえ、フラフラしながらも感謝の言葉を述べる。

「いえいえ、大丈夫ですよ、真一さん」

「見たところ、怪我はないみたいだね! 安心安心!」

「あぁ……」

真一は目を開き、キョロキョロとあたりを見渡す。

「何だ、エンゼルのヤツ、星の光まで吸収しやがったのか?」

真一の言葉に、雅輝と大智は驚き、振り返る。夜空は相変わらず満天の星が瞬いている。

「クソ……こんなに暗いと何も見えないな。雅輝、大智、どこだ? お前たちは周りが見えているのか?」

雅輝と大智はいよいよ恐怖を覚え始めた。真一と二人の距離は一メートルほどしか離れておらず、暗い森の中といえど、はっきりと視認できる距離にいたのだ。

 雅輝は魔力で生成した矢を取り出し、その先端に魔力を集中させライターの明かりほどの光を生み出す。そしてそれを真一の眼前に持ってきて、語りかける。

「真一さん、この光が見えますか?」

「雅輝? 近くにいるのか? ……光? 光ってどれだ? ……なんのことだよ! なぁ⁉︎」

真一の目はあらぬ方向を向いていた。焦点も合っておらず、瞳はうつろだった。

「なぁ……まさか、僕の目は……」

真一の体はガタガタと震え、握られていた剣を手放し、がくりと膝を着いた。あまりのショックに、雅輝も大智もかける言葉がない。

  

 真一の目は、完全に見えなくなってしまっていたのだ。

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