第120話 僕に任せてもらえないか?

 エンゼルは雅輝まさきの矢に貫かれ、まばゆい光に包まれた。それを見て、真一は勝利を確信した。雅輝の矢はミノリの音で強化されたものだ。あれをまともに受けて、無事でいられるはずがない。

 真一の顔に、自然に笑みが浮かぶ。

「まだですっ! まだ仕留めきれていません!」

 雅輝のその叫び声に、真一の思考は一気に緊張状態へと引き戻される。

大智だいちさん! 追撃を!」

「よっしゃー!」

 真一が状況を理解するより先に、大智は飛び出した。そして、エンゼルのいる光の中心へと高速で迫っていく。

「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

大智は遊浮王ユーフォーのマジックアームを全力で突き出し、光の中心へ向かって殴りつけた。しかし、その拳は空を切るのみだった。


 バサッ


 何かが羽ばたくような音と共に、大智は背後に現れた異様な魔力に戦慄せんりつする。

 振り向くと、そこには先ほど倒されたと思ったエンゼルの姿があった。しかし、様子が以前とは異なる。頭上の光輪は大きくなり、周囲に浮遊する光の玉の数は増している。そして何よりも大きな変化は、その背中から金色の翼が生えていたことだ。

 エンゼルは空中を浮遊したまま、指先を大智の方へと向ける。

 大智は瞬時に身を翻すが、咄嗟とっさの出来事で反応が遅れたため、エンゼルの攻撃の方が僅かに早い。

 もうダメか。そう思ったとき。


「大智ぃぃ!!」

 真一は空中のエンゼルに向かって魔力の刃を飛ばした。その攻撃はエンゼルの腕を弾き、放たれた光線の狙いをらし、大智の危機を救う。

「こっちだ化け物! 来いっ!」

続いて真一はエンゼルを挑発し、自身に注意を引き付ける。エンゼルはくるりと真一の方に向き直り、翼を羽ばたかせ、真一の元へと一直線に飛んで行った。

 エンゼルはまるで獲物を狙って急降下するはやぶさのような速度で真一に向かって突進し、勢いそのままに拳を真一に向けて振り下ろした。真一はそれを真正面から受け止める。頭上からたたきつけられたその攻撃は、とてつもない威力だった。剣で受け止めた衝撃はあたりに拡散し、木々の葉を激しく揺らす。しかし、真一本人はそんな中でも微動だにせず、安定して防御ができていた。堅牢剣けんろうけんの刃はまるで空中に固定してあるかのように見え、真一の体も石でできているかのように一切のブレがない。


 これこそが、新しい堅牢剣の特性だ。真一本人が持つ膨大な魔力を常に刃に流し続けることにより、魔力消費量が増える代わりに、絶大な安定性と防御性能が得られるのだ。また、増えた魔力消費の量も完璧に調整されており、必要最低限で済む。それらは全て、鉄也てつやが真一用に堅牢剣を作り直し、刃先を真一の魔力が通りやすいように細かく丁寧に仕上げてくれたおかげだ。


 エンゼルはその恐ろしいまでに整った顔を真一に向けたまま、周りの光球を操作し、そこから光の弾丸を真一に向けて一斉に発射する。以前の真一ならば、この攻撃には対処の手段がなかった。しかし、今の真一は違う。真一はエンゼルの拳を払いのけ、自身の周りには球状の魔力の壁を作ることで光の弾丸を全て防いだ。まだ御月みつきのように魔力の壁を長時間張り続けることはできないが、強固な壁を一瞬だけ生成することは可能になったのだ。

 真一はエンゼルから距離を取り、剣を構える。

「ちょっと……マズイな」

 状況はほぼ拮抗きっこうしているが、やや劣勢だった。現状では、真一がエンゼルに倒されることはない。しかし、エンゼルが雅輝の攻撃を受けてダメージを受けていない理由が謎のままだった。このままでは、エンゼルを倒すための決定打に欠ける。


「真にぃ! 大丈夫!」

「真一さん! お怪我けがはないですか!」

大智が空から戻ってきて、そこから少し遅れて雅輝がやってきた。真一はそのことを確認すると、少し黙って考え込んだあと、決意を込めて口を開いた。


「雅輝、大智。少しの間、コイツの相手を僕に任せてもらえないか?」


 大智は驚き、反射的に声を漏らす。

「えっ? そんな、どうして……!」

反論を述べようとした大智を、雅輝は静かに押さえる。


「分かりました、ここはあなたに任せます」

その言葉に真一は軽く微笑ほほえみ、再び鋭い視線をエンゼルへと向ける。

「来いよ、パチモンの天使。ぶった斬ってやる!」

真一は剣を構え、その刃に魔力を集中させる。



まさにぃ、いいのかよ。しんにぃ一人にまかせて」

大智口を尖らせ、雅輝に不満を述べた。

「大丈夫です。今の彼なら、きっとうまくやってくれますよ。信じましょう」

「別に、オレだって信じてないわけじゃ……」

そう言う大智の頭に、雅輝はポンと手を置いた。

「分かっています。大智さんは、真一さんのことが心配なんですよね」

「……うん」

「優しいですね」

「そんなんじゃないよ! ただ……真にぃがまた一人だけで戦うようにならないか、心配で……」

「一人……ですか」

雅輝は真一の方へと目を向けた。

「それこそ。心配いりません。彼はもう、孤独でいることの弱さも、自分の弱さも、すでに知っています。己の弱さを思い知り、そこからい上がった男は……強いですよ!」

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