第119話 最後は任せたよ

 ザッザと草を踏み鳴らし、真一は悪鬼あっきエンゼルの元へと歩みを進める。いまだ攻撃される気配はないが、空気を震え上がらせるような圧倒的な魔力は肌で感じられる。その魔力はエンゼルに近づくほどに強くなる。それでも真一は歩みを止めず、一歩一歩確実にエンゼルへと近づいていく。

 失敗したら死ぬかもしれない。自分が死んだらミノリたちの作戦は崩壊し、全員死んでしまうかもしれない。

 そんな不安が次々と降り積もる。切り替えようと思ってもそう簡単にできるものではない。エンゼルの放つ光線は食らえば即死だ。運良く即死を免れたとしても手足を欠損してしまうことも考えられる。そうなればまともには戦えない。だが、もしもそうなってしまったら……。


『私たちのことを信じてほしい』

 

 真一は、かつてミノリに言われた言葉を思い出す。

 そうだ。今自分は一人で戦っているわけではない。僕のピンチは誰かが助けてくれるし、誰かのピンチは僕が救おう。それが信頼するということで、仲間じゃないか。

 真一は少し早足になり、エンゼルの元へと向かう。


 暗い森を抜け、開けた湖に出ると、そこには相変わらずの無表情でたたずむエンゼルの姿があった。彼女は真一に気づいていない。いや、真一の存在など眼中になく、無視を決め込んでいるのかもしれない。真一の手は震えていた。しかし、それを武者震いだと自らを奮い立たせ、悪鬼へと立ち向かう。

 行くぞ!

 真一は決意を固め、攻撃を開始する。

「こっちを向けぇ!」

真一は堅牢剣けんろうけんから魔力のやいばを撃ち飛ばした。刃は正確にエンゼルの体を捉えていた。しかし、魔力の刃は彼女を切り裂くことはなく、ただ体をすり抜けるのみだった。

 やはり目に見えている姿は虚像か。

 そう思った次の瞬間、真一の背後に強力な魔力が集まっていくのを感じた。

「……っ!」

 真一は振り向くよりも先に高速移動で飛び退いた。すると間髪を入れずに背後から現れたエンゼルによって破壊光線が放たれた。

っ……ちぃ!」

光線の直撃はまぬがれたものの、その熱と衝撃波が真一を襲う。

 真一は吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、光線を放つエンゼルを真上から斬りつける。

「はああああっ!」

 

 ガシッ!

 

 真一の攻撃はエンゼルの腕によって防がれてしまった。剣は彼女の五本の指でしっかりとつかまれており、まるで万力に挟まれているようにびくともしない。

 しかし、これも計算のうち。すべては作戦通りだった。

 真一の目的は悪鬼の本体を見つけて、捕らえること。エンゼルは雅輝の予想通り、戦いに慣れておらず、。攻撃の直後の彼女は虚像ではなく、本体なのだ。


大智だいちいぃぃ!」

真一は大声で叫ぶ。すると。

「はぁぁぁぁぁぁいっ!」

威勢のいい返事と共に、大智は文字通り飛んできた。そして。

「ぃよいしょぉぉぉぉっ!」

遊浮王のマジックアームを振りかぶり、思い切りエンゼルを殴りつける。エンゼルはぎょっとして大智をにらんだのち、剣を掴んでいた手を離し、防御の姿勢を取る。しかし、彼女の体重で大智の全力の攻撃を受けきれるはずもなく、体は浮き上がり、上空へ吹き飛ばされる。

「さぁ、最後は任せたよ、まさにぃ!」

 

 森の中、雅輝まさきは悪鬼の動きを見定める。先ほどの狙撃とは異なり、動くまとへの射撃になるが、彼に取っては大した困難でもない。打ち上げられた初速から最高到達点を予測し、そこへタイミングを合わせて矢を放てばいい。そしてその計算を、雅輝は瞬時にして正確に行えるのだ。

「……っ!」

音もなく放たれた雅輝の矢は、ミノリに力により強化され、紫に光り輝く。そしてわずかな放物線をえがきながら悪鬼の体に突き刺さった。


「グギャッ……!」

 

 悪鬼、エンゼルは静かに苦悶くもんの声を上げる。今度こそ、射抜いた相手は虚像などではない。

 エンゼルは空中で光と共に爆散し、その光は暗い森を明るく照らした。

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