第118話 虚像

 雅輝まさきの攻撃で湖の水は飛散し、その飛沫しぶきが雨のように地上に降りそそぐ。その水量が雅輝の攻撃の威力を物語っていた。あんなものをまともに受けては、いくら新種の悪鬼あっきと言えどただでは済まないだろう。真一を含むその場にいる者すべてがそう思った。


「……ダメですね」


 雅輝の発言に、全員が目を見開く。

「あれを見てください」

指示に従い、真一たちはエンゼルの方を向く。しかし、水飛沫のせいで明確に状況を把握できない。

 しばらくして水飛沫が消えると、一同はその光景に目を疑った。エンゼルは先ほどと全く変わらない位置で立っており、傷一つ付いていない。

 まさか攻撃が外れたのか? 

 そんな考えが真一の頭に浮かんだが、それはない。真一は、雅輝の矢がエンゼルの脳天を貫くのを確かに見ていた。それではなぜ……。


「おそらく、私が攻撃したのはエンゼルの作り出したにすぎないのでしょう。彼女は光を操る能力で自分の姿を模した虚像を作り出し、自らは透明となり、私の攻撃が当たらない位置にいたのだと考えられます」

雅輝の推測は、筋が通っていた。人間の視覚は光の情報だ。光が目に入ることで、人は物を見ることができる。つまり、悪鬼が光を操ることができれば、相手に自分の位置を誤認させたり、見えなくさせたりすることも可能なのだ。

「光を操る力……知ってはいたけど、厄介だね……」

ミノリが静かに口を開く。それに対して、雅輝と大智だいちも反応する。

「えぇ。味方のときは心強かったですが、敵に回すと厄介この上ないです」

「まぁでも、みっちゃんはこんな回りくどい戦い方はしないけどねぇ」

S級たちの会話に、真一が割り込む。

「で、どうするんだ! 相手は破壊光線を撃ってくる上に光をねじ曲げてこっちの視覚までごまかしてくる。そんな相手に僕たちはどうやって立ち向かえばいいんだ⁉」

必殺と思えた攻撃が通用せず、真一は焦っていたのだ。しかし、そんな彼の問いかけに雅輝は笑いながら答える。

「はっはっは! いいツッコミですね真一さん」

「笑ってる場合か?」

「いえ。少しピンチです。でも、絶体絶命ではありません」

雅輝のその言葉には冷静さがあり、真一のように焦ってはいない。

「……何か対策があるのか?」

「今のところはまだ。ですが、我々は着実に敵の手の内を暴いて言っているではありませんか」

「それは……そうだけど」

「ほら、よく言うじゃないですか。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』です」

「なるほど……。敵の情報が分かってきていると言うことは、僕たちは少しずつ勝利に近づいていると、そう言いたいのか?」

これはゲームでも試合でもなく、命をかけた戦いなのだ。それならば、時間をかけてゆっくりと敵の情報を探っていくことは有効な作戦だ。

「理解が早くて助かります。さすがですね」

雅輝はふっと笑った。

「で、これからどうする? 雅輝の言うように、相手の手の内を少しずつ探っていくのか?」

「そういうことになります」

そう言うと、雅輝はミノリの方を見た。

「現状は……」

と、ミノリは静かに口を開く。

「遠距離からの攻撃はすべて通らないと考えていいと思う。だから、接近するしかない」

そしてミノリは真一と大智の方へと目を向ける。

「真一、大智。次は二人の出番だよ!」

真一は身震いするほどの興奮を覚えた。

「あぁ、任せてくれ!」

大智もそれに続く。

「よっしゃー! 大活躍しちゃうぞー!」

 大智は遊浮王を高速で旋回させ、エンゼル攻撃を避けるようにして着地した。そこで真一と雅輝、ミノリを下ろし、それぞれ移動を開始した。


 真一はエンゼルの気配を魔力を通して感じながら、真正面から彼女へと近づく。もちろん、正面突破をするためではない。S級の仲間たちと決めた作戦を実行するためだ。


 新種の悪鬼との直接対決。今の真一は、その役目を任されたことに喜びで胸が張り裂けそうだった。S級の仲間たちと一緒ならば何も怖い物はないと、この頃はまだ信じていたのだ。

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