第117話 自分の居場所

雅輝まさき、あなたなりの現状分析は?」

ミノリは雅輝に問いかけた。

「攻撃は強力ですが、先ほども言ったように敵は狙いを定めるのが苦手なようです。今のように、大智だいちさんの力で空中にいる限り、攻撃が当たることはないと思います」

雅輝の分析に、大智が補足する。

「オレのスピードなら、あいつの攻撃は追いつけないもんね! 空にいれば絶対安全だよ。どんどんけられるよ!」

雅輝と大智の報告をうなずきながら聞いていたミノリは、真一の方を向き、問いかける。

「真一、エンゼルの光線は防げそう?」

 ドキリとした。

 本当はかっこよく「防げる」と言いたかった。しかし、あの光線はどう見ても真一の対処できるものではない。しかし、今ここで「防げない」などと言ったら、自分だけがこの作戦で足手まといになってしまうような気がした。

「……」

真一は言葉を詰まらせ、沈黙する。

 少し前までの真一なら、ここで見栄みえを張って、できないことをできると言ったり、できないと正直に言った後で自己嫌悪に陥ったりしただろう。しかし、今の真一は違う。


「残念だけど……僕一人じゃ、あの攻撃は防げそうにない……」


 真一の答えを聞いて、ミノリは優しく微笑ほほえんだ。

「正直に言ってくれてありがとう。大丈夫。真一一人の力で防げない分は、私たちが全力で強化して、防げるようにする。だから真一、防御は頼んだよ!」

続いて、雅輝が真一の背中をたたく。

「私たちの中で防御力が最も高いのはあなたです。そのあなたが無理だと言うなら仕方がないです。ですが……」

大智は操縦席そうじゅうせきから乗り出し、真一の肩に抱きつく。

「いざとなったら防御を頼めるのは真にぃしかいないからね! 頼んだよ!」

  

 真一は、胸の奥が熱くなるような感動を覚えた。


「じゃあ、現状で一番有効な作戦は……」

ミノリはそう言って、真一とS級隊員たちを見つめる。すると、雅輝が得意げに口を開く。

「私の狙撃ですね。どうやら敵はあの場を動く気はなさそうですし、ここからなら簡単に狙い撃てます」

ミノリはニッと笑った。

「うん、それで行こう! 大智は遊浮王ユーフォーを安定飛行させて。でも、敵の攻撃が来たらいつでも回避できる準備を」

「りょーかーい!」

大智は気合いをいれて操縦桿そうじゅうかんを握る。

 次にミノリは真一の方に向き直る。

「真一はいつでも防御できる準備をしておいて。そして、あなたの魔力で、みんなを

「ん? ……お、おう!」

 真一は、魔力でみんなを支えることの意味を理解できなかった。

 

 雅輝は狙撃の体勢に入り、大智は遊浮王を安定飛行させる。そしてミノリは笛を構え、ゆっくりと息を吸い、笛に吹き込んだ。


 ポォォォ~……


 不思議な音が真一たちを包み込む。

 最初に響いたのはミノリの笛の音による低音のロングトーン。音程は変化することなく一定。そのまま、六、七拍ほど伸ばしたのち、最後は複雑な抑揚よくようをつけ、余韻よいんを残す形で音を切った。


 しばしの静寂せいじゃくが緊張感となって真一たちの精神を研ぎ澄ませる。


 次の瞬間、リズムを刻む打楽器の音と、主旋律をかきならす弦楽器の音が力強く鳴り響いた。それと同時に、真一とS級隊員たちの魔力が一つに重なり、調和したような錯覚がした。いや、それは錯覚ではなく、事実としてそうなっていたのだ。ミノリの心機【魂結たまむすびのふえ】の力で、真一たちの魔力を音として奏で、それを一つの曲の中に調和させ、増幅させていた。先ほどきこえた打楽器の音は大智の音で、弦楽器は雅輝の音であった。

「うぐっ……!」

真一の体に、かつて感じたこともないほどの重圧がのしかかってきた。

 なるほど、ミノリの言っていたことはこれか……。

 楽曲において、いくら高音の主旋律しゅせんりつや派手なパフォーマンスが見事でも、それを支える重低音がなくては、重みや迫力の欠けた薄っぺらい音になってしまう。真一に与えられた役割はその重低音。全体を支える重要な役目にして、楽曲のかなめだ。

 音となった雅輝と大智の魔力はどんどん調和し、巨大に膨れ上がっていく。真一はその巨大な魔力を、暴発させずに安定した形にとどめなければならない。いくら真一が多くの魔力を持っていたとしても、S級二人分の増幅された魔力を支えるのは困難を極めた。

 もう無理だと思ったそのとき、差し出されるミノリからの音による指示。

 真一はそれに従い、自らの魔力を調整する。すると真一の音に強弱が付き、音の流れが生まれ、より曲としての完成度を高めた。そして真一は、膨大な魔力を安定させることに成功したのだ。


「では……行きます!」


 雅輝は弓を引き絞り、悪鬼あっきエンゼルに狙いを定める。その矢の先端には強化された魔力が集中し、紫色の光りとなって輝く。

 魔力によって奏でられた曲は静かに緊張感を増していき、徐々に音量が上がる。やがてその緊張感が最高潮となったとき、雅輝の矢は放たれた。


 ヒュンと風を切る音とともに、紫色の閃光せんこうが地面へと一直線に落下する。


 エンゼルはその場を微動だにせず、防御の姿勢も取らない。ただその大きく金色の瞳に矢の輝きを写し、無表情に眺めていた。


 しかし、矢が当たる直前。エンゼルの口元が、わずかに笑ったかのように見えた。


 次の瞬間、矢はエンゼルの脳天を貫いき、そのまま全く勢いが衰えることなく彼女が立っていた湖に突き刺さり、轟音ごうおんとともに大量の水を噴き上げた。

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