第115話 天使

 物陰からあらわれた雅輝まさき大智だいちは一瞬驚いて、二人で顔を見合わせたのち、納得したように「あ~」と声を漏らした。

「なるほど、そういうことだったんですね」

「オレも最初にを渡されたときはどういうつもりかと思ったけどね~」

 どういうことだ?

 真一には彼らの話していることがさっぱり分からない。

「そういうこと」とは? 「これを渡された」とは何のことだ? 確かに大智はを持ってはいるが、あれは一体……。 

 真一は一瞬混乱したが、次第に冷静さを取り戻していき、分かったこともある。S級隊員がこの場所に集まった目的だ。

 雅輝の手には既に魔弓まきゅうが握られており、 大智は遊浮王ユーフォーに乗っていた。 S級が武装して夜の山奥にいる。 その意味を理解できない真一ではない。


「私たちは、 悪鬼あっきを倒しに来たの…… それも、 ただの悪鬼じゃない」


 いつになく真剣な表情でミノリは語る。

人型ひとがた悪鬼の中でも、更に能力の高い新種の悪鬼。 出現前に観測された魔力は膨大で、 竜型りゅうがた悪鬼にも匹敵する驚異であると判断されたの」

ミノリの説明を聞き、真一は恐る恐る尋ねる。

「S級全員が出動するほどの悪鬼、 なのか?」

「うん。正直、 それでも厳しいかもしれない。だから……」

ミノリは真一の目を見た。

「だから……?」

 真一は今まで出てきた情報を整理した。ミノリたちS級隊員は新型の悪鬼を倒しに来た。その悪鬼は強力で、S級三人がかりでも倒すのは難しいと予想されている。これが現在判明している情報だ。しかし、ミノリたちは全くおびえてはいない。それは彼らの実力に裏付けされた自信なのかもしれないが、何か秘策があるように思えてならない。

 実力が上の相手と戦う場合の戦術は大きく分けて二つあると真一は思っている。一つは相手の弱点を攻めること。これが最も効果的な戦い方だ。しかし、相手は新種の悪鬼で、情報はそこまで多くはないだろう。よって、ここはもう一つの戦術を用いる他ない。そのもう一つの戦術とは……だ。


「そんな……まさかっ!」


 真一の頭に、ある恐ろしい予想が浮かんだ。 それは御月みつきくわだて、 実行し、 すでに完了しつつあるとんでもない計画だった。

「そのまさかだよ……真一」

 味方を増やすと言っても、ここは山奥。近くまではゲートで通じているにしても、多くの援軍は期待できない。そうなれば、ここにいる人員で戦うしかない。ここにいるのはS級の三人と、そして

「大智、鉄也てつやさんからもらったものを出して」

「は~い」

ミノリは大智を呼び、 彼からを受け取った。 そしてふたたび真一に向き直り、決意と戦意に満ちた目で真一を見つめる。

「真一。 あなたにも一緒に戦ってほしいの」

 悪い予感は的中した。

 C級の真一は任務には参加できない。 しかし、 偶然悪鬼に遭遇したのなら戦わざるをえない。 御月はそのことを計算に入れ、 真一をこの場に呼び出したのだ。 真一は武器など持っていなかったが、それを逃げ道にできないように、御月は手を打っていた。

「これが、 真一の新しい武器」

ミノリは透明なガラスケースを真一に差し出した。 そこには、 真一の武器、 堅牢剣けんろうけんが収まっていた。

 見ただけで分かる。 この堅牢剣は今までのそれとは違う。 御月との戦闘を通してデータを取り、現在の真一用に調整された新型だ。

「……」

 真一は、ガラスケースへ手を伸ばす。

 これを取れば、 真一は新種の悪鬼と戦わなければならない。 恐れはあった、不安もある。


 しかし、ミノリに謝ったときに比べれば、今の恐れも不安もたいしたことはない。

 

 真一は勢いよくケースをつかみ、 その中から剣を取り出した。

 六角形のつば、そこから伸びる水晶のように透き通った青い刀身。形状こそほとんど変わってはいないが、それはまるで生まれ変わったように美しく見え、長年使い続けた相棒のように真一の手になじむ。


 そのとき、暗闇の森が明るく照らされた。


 一瞬、月が出たのかと思ったが、そうではなかった。 今日は新月の夜で、月は出ない。 明るい光とは裏腹に、寒気のするような存在感を漂わせ、それは湖面に降り立った。

 そこにいたのは人型悪鬼。天使のように美しい少女の姿をしてはいるが、その頭上に輝く光の輪と、周囲に浮遊する光の球が、それが人外の生物であることを示している。深緑色の髪はつややかで長く伸びており、伏目がちに開かれたまぶたからは不気味に輝く金の瞳がのぞいている。手足はしなやかに細く長く、その美しいつま先は湖面の上に浮遊し、水面にかすかなさざなみを立てる。

 真一たちが各々おのおのに武器を構え始めると、悪鬼は瞳をカッと見開き、臨戦態勢に入る。その瞬間、肌を刺すような威圧感と背筋が凍るような殺気が真一たちを襲う。

「敵は人型悪鬼【エンゼル】。光を操る上級悪鬼。雅輝、大智、真一、戦闘用意!」

エンゼルの放つ重圧の中でも、ミノリは気圧けおされることなく口を開く。

「真一、この作戦は、……あなたがかなめだよ!」

ミノリのその言葉は、総天際そうてんさい予選で真一にかけられたものと同じだった。その言葉を受け、真一も勇気を振り絞る。

「あぁ、分かってる。失敗して死んでも文句を言うなよ!」

真一も当時と同じセリフで返す。 しかし、不安でしかたがなかったあのときとは違い、 今は自信に満ちあふれている。それを感じたのか、ミノリは優しく微笑ほほえんだ。

「死なないよ。 あなたが守ってくれるから」

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