第114話 僕を、 SOLA にいさせてくれ……!

 真一とミノリは静かに見つめ合う。この場に他には誰もいない。 ただ星だけが彼らを見て、木々だけが彼らの声を聞くことができる。 吹き抜ける風は静かに木々の葉を揺らし、柔らかい音を立てる。

 さわさわという風の音の中、バクバクとした真一の鼓動こどうは高鳴りを増す。 彼の胸の中に湧き上がる幸福感、興奮、そして焦りにも似た駆り立てられる気持ち。 それらが怒濤どとうのように真一の感情をかき乱す。

 何かを言いたい! でも何を言えば? 会えてうれしい! でもどうしてここに?


「ミッ……ミノリ!」


 混乱する思考の中、 絞り出した声は、うわずった、たどたどしいものだった。

「……どうしたの?」

ミノリは至って冷静だ。 いつものように優しい口調でゆっくりと話す。 しかし、その表情に笑顔はない。 決して不機嫌ふきげんではないはずだが、 そんな些細ささいな表情でさえ真一の心を乱れさせる。

「……」

真一は言葉を詰まらせた。 ミノリとの最後の記憶は、決していいものではなかったからだ。 羅刹らせつしかけ、 彼女の前で醜態しゅうたいさらし、自暴自棄じぼうじきになり、 ミノリにぶたれて、さらに暴走し、 失態しったいを重ねた。 そんな真一を、ミノリはどう思っているのだろうか。 気が気じゃない。 不安で不安でたまらない。 しかし、ここで何もしなければ、一生彼女との関係は今のままなのだ。


「ミノリ……ごめん!」


 真一は体を直角になるほど曲げ、頭を下げた。

「僕は、もう SOLAソラ を辞めるなんて言わない! 命を粗末そまつにするようなことも言わない! 衝動しょうどうに流されて羅刹化もしないし、周りを無視した行動もしない! だから……」

 再び言葉に詰まる真一。

 自分が謝るべき内容はこれですべてだろうか? もっと他にはないだろうか?

 恐れと不安は止まらない。これでミノリに許されなかったらと思うと、心臓をわしづかみにされたように胸が痛む。 それでも真一は、荒れた呼吸を整え、 高鳴る胸を押さえながら、 最後の言葉を慎重に紡いだ。


「だから……僕を、 SOLA にいさせてくれ……!」


 風はみ、 あたりは静けさに包まれる。 それはほんの一瞬の静寂せいじゃくだったかもしれない。 しかし真一には永遠にも感じられるような不安と緊張に満ちた時間だった。

 頭を下げた真一からは、ミノリの反応を見ることはできない。 頭を上げようにも、 体が固まって動かせない。

「……っ」

ミノリの呼吸音に、 真一はびくりと身を震わせる。 この先に続く彼女の言葉が、 許しの言葉なのか、それとも失望のため息なのか。 真一は判決を下される前の罪人ざいにんのような気持ちでいた。


「よかったぁ」


 聞こえてきたのは安堵あんどの声。 心の底からほっとしたような、うれしさと喜びをはらんだ優しい声色。

 真一は思わず顔を上げる。 するとそこには、暗闇の中でも光り輝くように見えるミノリの姿と、心配から解放されたように胸をなでおろし、 少し眉根を寄せながらも柔らかく微笑ほほえむミノリの笑顔が見えた。

 真一は、 目の奥が熱くなるのを感じた。 胸にあふれた不安は安堵と喜びに変わり、 高鳴る鼓動は緊張をもたらすものから歓喜かんきの興奮へと変わる。

「真一が戻ってきてくれてよかった。 本当によかった」

間違いない。 ミノリは真一が SOLAに戻ってきたことを歓迎してくれている。

「……じゃあ、僕は、 SOLAにいても、いいのか?」

「うん。もちろんだよ!」

ミノリは真一に満面の笑みを向けた。輝く笑顔とはまさにこのことだろう。真っ暗に閉ざされたかと思った真一の心を照らす一筋の光、それがミノリなのだ。

「……それに、謝らなきゃいけないのは、私も同じ。ごめんなさい!」

ミノリはさきほどの真一と同じように、 体が直角になるまで頭を下げた。

「えぇっ! なんでミノリが謝るんだよ!」

「私はあなたをぶった。 羅刹化しかけて、一番つらいはずのあなたを、 私は自分の感情だけでぶったの」

ミノリの口調は真剣だった。 本当に自分の行為を悔いているという思いが、 その声からひしひしと伝わってくる。

「そんなっ! ミノリは何も間違ってないよ! あのときの僕は本当におかしいことを言っていたんだ。 それを君は正しくいさめただけじゃないか!」

「ううん。きっと、もっといい方法はあった。 そして、私はそれができなかった。 これは間違いなく、 私の責任なの」

まさかミノリから謝られるなどとは思っていなかった真一は混乱し、適切な言葉を思いつかない。

「お願いだから頭を上げてくれミノリ。もういい。もういんだ!」


「……優しいんだね、 真一」

そう言って、 ミノリはゆっくりと頭を上げた。

「それに、なんだか雰囲気が柔らかくなった。 お姉ちゃんのおかげかな?」

ミノリの言葉を聞いて、 真一は思い出したように口を開く。

「そうだ! 御月みつきさん。 僕は御月さんに言われてここに来たんだ」

「そうだと思った……お姉ちゃんも、中々をするんだね」

厳しいこととは何なのか、真一は疑問に思ったが、あえてそれには言及せずに話を進めた。

「じゃぁ。ミノリも御月さんに言われて、 ここに?」

「ううん。私は違う。 私は……」


 ザザッ


 二人の声しかしなかった空間に、物音が響く。

 真一は驚き、音のした方向を向く。

「どうして……あんたたちまで、ここに?」

真一が振り向いた先には、見覚えのある二人が立っていた。


「おや? 真一さん? なぜあなたが?」

「えっ? あっ、ほんとにしんにぃいるじゃん! やっほーっ! 総天際そうてんさいぶりぃ!」

そこにいたのは、雅輝まさき大智だいちの二人だった。

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