人型悪鬼 エンゼル戦

第113話 離れていても、仲間……なのかな

 御月みつきと約束した深夜〇時、真一は山奥に星を見に来た。

 御月たちがよくその場所を利用しているためか、近くまではゲートを通して移動ができ、そこから一〇分ほど歩けば星を見るのにちょうどいいひらけた場所に出た。周りは背の高い木々に覆われているのに、そこにだけ木がないことを真一は疑問に思ったが、すぐにその原因が分かった。そこには大きな湖があり、その周辺にだけ木が生えていなかったのだ。

 湖の近くはひんやりとしていて気持ちがよく、雲一つない星空は湖面に鏡映しになっていた。


 真一は湖のほとりに横になり、空を見上げる。その時、邪魔にならないように後ろ髪を整えた。

 真一の髪はすでに新しいヘアゴムで結ばれている。出発する前、家で真一のその姿を見た真理奈まりなは、

「やっと新しいのを用意したのね。遅いのよ」

と、いつものあきれ顔で言ってきた。しかし、今の真一からすればその顔さえいとおしく思える。真理奈が真一のことを大切に思っているか否か、その真偽はどうでもいい。彼女が自分を大切に思っているかもしれないと、そう思えることが幸せだった。

 真一はふっと笑い。目の前の空を見上げる。そこには、満天の星が散りばめられていた。星の降る夜とはこのことだろう。

 こうしてゆっくりと星を見るのは、初めて悪鬼あっきと戦ったとき以来だった。それからあまり時はたってはいないが、随分と昔のことのように感じる。色々なことがあったからだ。ミノリと出会い、SOLAソラに入隊し、総天祭そうてんさいに参加し、七志ナナシと戦い……。


 それで、自分は少しは成長できただろうか? 

 真一の心に疑問が浮かぶ。


 見上げた夜空は、以前と何も変わっていない。しかし、不思議と感じ方が違っていた。

 以前は、夜空で隣同士輝いているように見える星も、実際の距離は離れているということから、寂しそうに見えた。だが今はどうだろう。実際の距離はどうであれ、地上で星を眺めている自分たちは、星と星をつないで形を作り、そこに物語を当てはめることができるのだ。

 例えば有名な夏の大三角は、織姫おりひめ彦星ひこぼしの恋物語を表している。

 遥か遠く離れていいる星たちも、地上の人々が作る物語によってひとつに繋がっているのだ。


「離れていても、仲間……なのかな」


 天球を構成する八十八の星座は、恒星たちを余すことなく繋いでいる。孤独に見える一等星も、こんな山奥にくれば、周りの光の弱い星たちまでよく見えるため、たくさんの仲間と共に星座になって見えてくる。


「仲間に気づいていなかっただけ……か」


 真一を大切に思ってくれる人はとても身近にいた。しかし、それに真一が気づいたのはつい最近。あんなに近くにいて気づかなかったなら、他の人になど気づくはずもない。

「他にもいるかな……僕を、大切に思っている人……」

そうつぶやき、自然と頭に浮かんだ人物。それは、眼前に広がるあまがわからも連想される、真一にとっても大切な人だった。


「ミノリ……」


 天川あまかわ御祈みのり。彼女はSOLAの中で唯一と言っていい、真一にとっての救いの存在だった。

 分かっている。彼女から大切に思われたいというのは、真一のただの願望だ。しかし、その願望はとどまるところを知らない。

 あぁ、ミノリに会いたい。会って謝りたい。許してくれるかどうかは分からない。でも、他の誰に嫌われたとしても、ミノリにだけは嫌われたくない。


 あぁミノリ……僕は、君のことが……。


 その先の言葉が何なのか、それは真一自身にも分からなかった。ただ、その思考は空に吸い込まれるように消えていき、真一の身も心も、優しい夜の静寂の中に溶け込んでいった。


 ザザッ


 真一の背後で物音がし、驚いて振り返る。

 まさか獣か? それとも、悪鬼か? どちらにせよ、今の真一に戦うための武器はない。真一は逃げるために体勢を整えた。


「あれっ、真一? どうしてここに?」


 聞こえてきた声と、そこにいた人物に、真一は目を見開いた。その声を聞き間違えるはずがない、その姿を見間違えるはずがない。真一の脳裏に焼きついて離れない大切な人が、今目の前に現れたのだ。


「ミノリ? ……そっちこそ、どうしてここに?」


 満点の星空の下、輝く湖の辺りで、二人は静かに見つめ合った。

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