新たな戦い。

第111話 夏目透弥

「はぁ……」

家の近所にあるスーパー、その隅にあるフードコートの中で、真一はため息をついた。注文した安いラーメンも食べかけに、真一は物思いにふける。

 御月みつきの病室で起こったことは、わずか数十分程度の出来事だった。最初の対話が一〇分、シミュレーターでの戦闘が一〇分、その後の会話が五、六分といったところだ。それでも、真一がとても長い時間を過ごしたように感じているのは、御月の精神世界でのことがあったからだ。あの精神世界の中で過ごした時間は、現実世界ではほんの一瞬だったらしい。御月の言う通り、あそこは時間に縛られない世界だったと実感させられる。


 結局、真一はSOLAソラを辞めないことにした。御月との戦いでさらに強くなれる予感がしたし、何より辞めたいという気分ではなくなってしまったからだ。

 だがしかし、依然として真一の抱えている問題は山積みだ。

 真一自身、劣等感から解放されてはいない上に、それに対する対処法を見つけられていない。SOLAに残るという選択も、御月に言いくるめられた感が否めない。


 モヤモヤとした気分の中、真一はポケットから一枚のメモを取り出す。

『早速だけど、真一くんに隊長からの命令です』

御月はぎわにそう言って、真一にこのメモを渡してきた。

『あしたの深夜〇時、この場所に行きなさい』

メモに記された場所は、行ったこともない遠くの土地の山奥だった。

『そこはね、星がよく見える場所なの。悩みがあるなら、そこに行って星を見てきて。天気なら心配ないわ、予報では快晴よ』

そう言って、御月はわざとらしいまでに満面の笑みを浮かべていた。真一は直感的に何か裏があると察したが、御月は畳み掛けるように言葉を続ける。

『ほらほら、年上の言うことは聞くものよ! お小遣いもあげるから、ね? これでお昼に好きなものを食べてきて』

そう言う御月の手元には、千円札がヒラヒラとしていた。


 そして今、真一はわずか千円で買収され、それを使って安いラーメンをすすっている。安いと言っても味は悪くなく、むしろその独特の味を真一は嫌いではなかった。それは真一の住んでいる地域では有名なチェーン店のラーメンで、具こそ少ないが、一杯五百円程度で食べられてお財布にも優しい。そのため、昔はよく家族で食べに来ていた。

 ふと周りを見渡してみると、家族連れの客も多く、みな楽しそうに食事をしている。


「ねーお父さん、ソフトクリーム買ってよ」

一人の男の子が、父親に向かってそうせがんでいるのが見えた。

「あ、私もそれほしい!」

男の子の妹と思われる女の子も、つられて父親にねだる。

「えー? いや、でもお金ないしなぁ……」

父親はしまったという表情をし、隣にいる母親を見た。

「まぁ、たまにはいいんじゃない?」

そう母親が言うと、子どもたちは一斉に喜んだ。

「やったー!」

「ははは、しょうがないな。でも、ミニサイズだけだからな!」

「はーい!」

父親も、困った顔をしてはいたが、子どもの喜ぶ顔を見て、まんざらでもなさそうだ。


 懐かしいな、と真一は思った。

 真一も昔、父親に同じようにデザートをせがみ、妹の真理奈まりなもそれをまねしたことがあった。それで父がデザートを買ってくれたかどうかは覚えていない。きっと同じようなことは何度もあって、買ってくれたこともあれば、買ってくれなかったこともあったのだろう。


 もしかしたらあの時は、真理奈も自分のことを無条件で好きでいてくれたのかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。


 しかし、今はどうだろうか。おそらく真理奈は、自分のことをあまりよく思ってはいない。何かと敵対心を燃やし、行動に文句をつけ、いちいち突っかかる。自分にとっての真理奈は、御月にとってのミノリのように、無条件で愛してくれる存在にはなり得ない。


「あれっ? 真理奈?」

不意に真一の背後から、少年の声が聞こえた。

「えっ?」

真一は思わず振り返る。

「あっ……すみません、人違いでした。……でも」

真一のことを真理奈と呼んだその少年のことを、真一は知っていた。そしてそれは、少年にとっても同じだったようだ。

「真理奈のお兄さん、ですよね?」

「そう言う君は、確か真理奈の友達の……」

その少年のことを、真一はよく覚えていた。以前、真理奈が友達と一緒に勉強をすると言っていたとき、家の玄関先で出会ったあの時の少年だ。

透弥とうや夏目なつめ透弥とうやです」

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