第110話 あなたにもきっといるわ

「……と言う、感動的なエピソードがあったのよ!」

自身の記憶の立体映像を前に、御月みつきは得意げにそう語った。

「あの……台無しです、御月さん……」

真一は呆れ顔だ。

「あぁ……いいわ。姉妹の間に芽生える真実の愛の力によって救われる心。そこに生まれる新たな絆、強固な繋がり。それはいかなる刃を持っても切り裂けない……そう! 言うなれば運命の赤い糸! この瞬間、私と御祈ミノリは結ばれたのよ! なんていい話なのかしら。映画にしたらコンクールを総なめにしちゃうわね!」

御月は真一の話など聞かずに、妄想の世界へと入り込んでしまっている。

「はぁ……」

真一はため息をついた。

 確かに、感動的ないい話ではあったと思う。だが真一には、今の話を自分の人生にどう還元していいのか分からなかった。ただの自己満足の自慢話を見せつけられたような気分だ。

「あっ、その表情。何だかしっくり来ていないって感じね」

御月にそう言われ、真一はドキリとす。

「いや……それは……」

「もう一回見る? あっ! かわいい御祈のシーンが見たいのね! じゃぁ、昔海に行ったときのなんてどうかしら? あの子初めてビキニを着たんだけど、それが恥ずかしかったのかモジモジしていてそれがもう……」

「それはいいですから!」

真一は全力で御月の語りを遮った。おそらく、また長くなるであろうことは想像できたからだ。

「でも……そうね。私は過去の出来事をただ見せただけ。大切なのは、そこから何を学び、何を感じるか、ですものね」

そう語る御月の表情からは、先ほどまでの浮かれた笑顔は消えており、真剣な表情だった。

「そうだ、言い忘れていたけど、あの日以来。私は本当に一度も実戦をしていないの」

その言葉に、真一は食いついた。

「えっ? 一度も?」

「えぇ、一度も戦っていないわ」

「あれって四年前の出来事ですよね? 四年間も、一度も戦っていないんですか?」

「全く戦っていないわ」

「それで……辛く、ないんですか?」

「……」

御月は黙って、ただ悲しそうに笑っていた。

「僕、あのときの御月さんの気持ち分かります。戦いしか取り柄がなくて、それができなくなるくらいなら死んでやるって気持ち、すごく分かります。それを邪魔する人たちに対する苛立いらだちも分かります。……確かに、ミノリたちは御月さんにとって大切な人で、殺しちゃダメですけど……。でも、そんな人たちがいたからって、自分が一番輝ける舞台を手放すなんて、意味分かんないですよ! だって御月さん、すごく強いじゃないですか。そんなに強かったら、絶対戦いたいはずですよ! 僕だったら、戦わないなんて耐えられません。戦いたくて仕方ないですよ。なのにどうして? なんで諦められるんですか?」

「勘違いしないでね、真一くん」

「えっ?」

「私……戦いを手放してなんかいないわよ?」

ゾクリとした。

 そう言う御月の表情は、シミュレーターでの戦いの中で見せた、夜叉やしゃのような表情そのものだった。

「もしもミノリの身に危険が迫ったなら、私は全力で助けに行くわ。それこそ、ね」

死ぬ気で助けに行く。【天才てんさい】である御月が言うと、それは冗談には聞こえない。

「でも、もう昔みたいに『戦わない自分に価値がない』なんて思わないの」

「それは……どうして?」

「御祈が、そして雅輝まさき大智だいちが、私を愛してくれるから」

 御月のその答えは、正直、予想できた答えだった。

 真一は、戦いの最中での雅輝と大智の告白を思い出す。顔が潰れても愛するとは、御月の容姿に関わらず彼女を愛するということだ。ずっと一緒にいた御月だから好きだとは、他の誰でもない彼女自身を愛するということだ。

 容姿の優れるものを愛するなら、その容姿が衰えた途端に愛が冷めるかもしれない。能力の高いものを愛するなら、その能力がなくなった瞬間に愛さなくなるかもしれない。しかし、雅輝たちはそうではないのだ。例え御月がどんな状況になろうとも、二人は御月を愛し続けると言うのだろう。

 そして、ミノリは言った。『お姉ちゃんは、お姉ちゃんなんだもん』と。例え何も優れたところがなくとも、ただ自分の姉ということだけで御月を愛すると。御月にとってミノリのその言葉は、自分の存在そのものを肯定してくれたように感じられただろう。

「みんなから受けた無償の愛。それがあるから大丈夫だと。……そういうことですか?」

 分かっていた。御月の過去を見て、それを感じ取れない真一ではない。きっと、御月の言う『愛の力』は、それほどまでに強い力を持っているのだろう。だが実感がない、理屈だけ聞いても分からない。

「でも、じゃぁ僕はどうすればいいんですか? 誰にも愛されていない僕は、どうやってここから立ち直ればいいんですか⁉︎」

真一の問いかけに、御月はただ優しい微笑みで返す。

「あなたにもきっといるわ。あなたのことを、心から愛してくれる誰かが」

「そんな……僕には誰も!」

「気づいていないだけ。私も、あの瞬間まで気づけなかった」

その時、真一たちが立っている湖の彼方の地平線から、太陽が昇り始めた。

「……もうそろそろ時間ね」

「なんで! 精神世界じゃ時間も場所も関係ないんじゃ?」

「私にとってはね。でも、未熟なあなたじゃ他人の精神世界にずっとはいられないの」

「待ってください! 僕はまだあなたと話したいことが……!」

真一が言い終わるより先に、太陽の光は湖全体を照らし出し、その光が真一と御月をみ込んでいった。

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