第108話 自由に生きてほしいの

 どこからともなく聞こえてきた謎の音色。

 この音はどこから聞こえている。何の音だ。御月みつきは一瞬疑問に思ったが、それよりも目の前の出来事に目を驚き、見開いた。

 なんと、雅輝まさきは頭上から迫って来た悪鬼あっきを、直前まで目視もしないままに弓に矢をつがえ始め、上を振り向くと同時に正確に矢の射線上に捉えたのだ。


 ヒュン……バシュッ!

 雅輝の矢は悪鬼の頭を貫き、消滅させた。


「何で……?」

 御月はつぶやいた。


 大智だいちは既に空中へ移動しており、まるで背中に目が付いているかのように四方八方から来る悪鬼の攻撃に正確に対処し、次々と倒していた。


「どうして……?」

 再び御月は呟く。


 空中の悪鬼を全滅させた大智は雅輝を連れて空へと昇り、雅輝は空中から正確に森に潜んだ悪鬼を狙撃した。


「ありえないわよ……」

 二人の戦いぶりは尋常ではなかった。まるで相手の次の行動が読めているかのように正確に動き、常に最適な攻撃を選択し続けている。その姿は、撮影された作戦記録の中で見た御月自身の姿と重なった。

『やっぱ御月はすごいな』『普通こんなふうに動けないって』『一撃で悪鬼を倒しちゃうなんて最強じゃん』

 頭に浮かぶ数々の言葉。

 御月はその言葉から自信をもらい、誇りにしてきた。強い自分には価値がある。優秀な自分には価値がある。唯一無二の実力を持つ自分には価値がある、と。

 しかしどうだろうか。今目の前では、御月には及ばないまでも、圧倒的な戦いを見せる雅輝と大智の姿がある。御月は彼らの普段の様子を見ていたが、今のような強さはなかったはずだ。

 では、どうして二人は急に強くなったのだろうか。

 御月を助けるために気持ちがたかぶり、普段以上に心の力が高まっているのだろうか。いや、だとしてもこれほどまでに急激に実力は上がらない。であれば考えられる原因はただ一つ。 

 あの音だ。

 先ほどから急に聞こえ始め、今もなお響き続けている謎の音。この音が雅輝と大智の力を底上げしている。そして、そんなことができる人物はただ一人しかいない。

御祈ミノリ……!」

 御月は複数の光線を発射し、空と森に潜む悪鬼を全て撃ち抜いた。

「あなたは……私の唯一の価値である強さまで否定しようというのね……!」

 御月は目を閉じ、意識を集中させ、音の出所でどころを探る。

 音は頭に直接響いている。だが、実際に奏でている人物は確かにいる。その息遣いと、魔力を探れば、必ず奏者の場所を見つけられる。

 聞こえてくる木々のざわめき、雅輝と大智の声、呼吸音、御月自身の心臓の音。……そして、特殊な呼吸法によって楽器に息を吹き込む音と、指遣いの音。

「見つけた……そこねっ!」

 御月は光線で木々を破壊し、隠れていたミノリの姿をあらわにする。その場所は御月がいる地点から数百メートルは離れた小高い丘の頂上付近だった。ミノリの近くには大空おおぞらもおり、二人は結界によって守られている。

 御月はミノリの元へ向かって全速力で走り出す。大智は咄嗟とっさにそれを追おうとするも、遊浮王ユーフォーの一部は先ほどの御月の攻撃によって破壊されており、スピードが出せず、今の御月には追いつけない。


 すぐに御月はミノリの場所へと辿たどり着き、二人は向かい合う。

 大空は二人の間に立ち、御月からミノリを守ろうとした。しかし……。

「大空さん。もういいの。あとは、私に任せて」

ミノリは大空の動きを制止した。大空は何か言いたそうにミノリを見たが、ミノリの目を見てすぐに諦めたのか、結界を解いて、退しりぞいた。

「ずいぶんと余裕なのね。あなた一人で何ができるの?」

「何もできないよ。でも、それでいいの」

ミノリはそう言って、しゃがみ込み、笛を地面に置いた。

「……どういうつもり?」

「私はね……」

ミノリは御月の問いには答えず、しゃがんだ姿勢のまま、目も合わせずに口を開く。

「お姉ちゃんには、自由にの。やりたいことがあるなら、それをやってほしい。行きたい所があるなら、そこに行ってほしい。私は、そのためにできることは、何でもやってあげたいの」

ミノリは立ち上がり、御月の目を見た。

「……何が言いたいの?」

「お姉ちゃんは私を殺しに来たんでしょう? だったら私、抵抗しないよ。さぁ、私を殺して」

ミノリは両手を広げ、微笑ほほえんだ。

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