第104話 たった一つの存在価値

 月煌輪げっこうりんを発動して暴走した御月みつきは、病院の壁を破壊し、町を見下ろした。病院の周りは森林に覆われていてとても暗い。しかし、それとは対照的に、遠くの方に見える景色は、街灯やビルの窓から漏れる光で色鮮やかに照らし出されている。その景色はまるで輝く星空のようだった。

「さぁ、悪鬼あっきたち。あなたが求める強い心はここにあるわよ……!」

御月の言葉と共に、病院を中心に周りの光が次々と消えていった。美しい夜景は一瞬にして暗闇へと変わり、ただ星だけが輝いている。これは大規模な停電やサイバー攻撃などではない。町の光は全て、御月の月煌輪に吸収されてしまったのだ。

「はっ!」

御月は地面に光の陣を展開し、そこから空に向けて光線を打ち上げた。辺りは突然太陽が現れたかのような強い光に包まれ、一切の影を残すことなく白く染まる。それほどまでに膨大な心の力を消費した御月の攻撃は、彼女の狙い通り、悪鬼を呼び寄せた。

 地面からは大量の虫型悪鬼が、そして空には翼を持つ獣型悪鬼の姿が現れたのだ。

「そうよ……それでいいの!」

御月はそう言うと、壁に開いた穴から外へと飛び降りた。

「お姉ちゃん!」

後ろからミノリの声が聞こえた気がするが、そんなことは気にも留めない。御月は病院の外壁にあるわずかな突起に足を着きながら衝撃を分散させ、垂直にそり立つ壁をジグザクに移動しながら、無傷で地面に着地した。そこから悪鬼の群れがいる森林に向かって走り出し、次々と悪鬼を倒していく。

 虫型や獣型の悪鬼など、いくら集まったところで驚異ではない。全て一撃のもとに粉砕し、ちりかえす。 

「足りない……」

御月はボソリとつぶやいた。

「足りない、足りない! こんなんじゃ物足りないわ! もっと、もっと……もっとよこしなさい!」

全方位へと複数の破壊光線を発射させる無差別攻撃により、周りにいた大量の悪鬼は一瞬にして全滅した。

「はぁ……はぁ……」

その攻撃は明らかに過剰な威力だった。下級悪鬼を相手に、そこまで破壊力のある攻撃は必要ない。それでも、これだけの攻撃を放ったのは、彼女がむしゃくしゃしていたからだ。自分の力をぶつけるにふさわしい相手を見つけられず、才能を持て余し、ただ死を待つだけの自分に対して苛立いらだちが募っていたのだ。

「ゴホッ! ゴホッ! ……ガハッ!」

御月はき込み、その場に座り込む。口を押さえていた手にはベッタリと血が付着しており、右目も真っ赤に充血し、破れた血管から噴き出した血が涙のようにして頬を伝う。

「お姉ちゃん……もうやめよう」

背後から声がした。振り返って見ると、そこには体中傷だらけのミノリが立っていた。

「あなたまさか……私を追って、飛び降りて来たの?」

ミノリは静かにうなずいた。

 ありえない。

 御月が飛び降りた高さは、地面に激突したら即死するような高さだった。ミノリがどのような方法で飛び降りたのかは分からなかったが、彼女の様子を見る限り、安全な方法で飛び降りたわけではないことは確かだった。

「あなたバカなの⁉︎ そんなにボロボロになって……私なんて放っておけばいいのに!」

「……私の心配は、してくれるんだね……」

「……っ!」

「お姉ちゃん……もっと、自分の心配をして。私、お姉ちゃんに死んでほしくないの」

ミノリは瞳に大粒の涙を浮かべながらそう言った。その涙は、傷の痛みから来るものか、それとも別のものか。

「……勝手なこと言わないで!」

御月は目を伏せながら声を荒らげる。

「私はもう生きていたって仕方がないの! 戦いしかできない私から、戦うことを取ったら、あとは何も残らないの! ただの役たたずの無能な女になるだけなの! そんなのはイヤよ!」


 御月の脳裏に浮かぶ、今までの記憶。

 夜長よなが夏至げし以降、彼女はSOLAソラの運営する学校に入った。しかし、依然として勉強は出来なかった。どれだけ努力をしても、同年代の平均点を少し下回るくらいの点数しか取れず、スポーツもできず、芸術分野での才能もなかった。うっかりして物を壊すことも多く、そのせいでクラスメイトに怪我けがをさせそうになったこともある。先生からは怒られ、同級生からは笑われ、彼女の容姿も相まって、いじめまがいの行為を受けたことさえある。

 それでも彼女が自尊心を保てていたのは、戦いがあったからだ。戦っている間だけはみんなが彼女を認めてくれる。すごいと言ってくれる。学校では何もできなかった彼女も、戦いの中では輝くことができる。落ちこぼれだとしても、戦っている間だけはヒーローになれると思えたのだ。御月にとって戦いは、壊れそうな彼女の心を支える大事な存在だったのだ。

 だからこそ、御月は自分から戦いが取り上げられることを恐れていた。戦えなくなったら、御月はSOLAにいられなくなる。普通の学生に戻り、普通に生きていくしかなくなる。いや、御月は自分がSOLAをやめたら普通には生きられないと確信していた。何もできない自分はどこにも居場所はない、どこでもやっていけない。また怒られる、また笑われる。もしかしたら、もっと酷い目に遭うかもしれない。今までの栄光が全て取り上げられ、絶望の未来に向かうしかなくなる。そんな不安は、幼い彼女の心を壊すのには十分だった。

「だから最後に悪鬼を大量に倒して、少しでもSOLAソラの役に立ってから死のうと思ったの! 戦いは私が唯一ゆいいつ役に立てることなのに、たった一つの存在価値なのに……どうして止めるの! ひどいわ! あんまりよ!」

夜の森に、御月の声はむなしく響く。

「お姉ちゃん……違うよ」

「もういい、あんたなんて……あんたなんて!」

御月の右手に光が集まる。そしてその光は、刀の姿を形取る。御月は涙を浮かべながらミノリに近づき、刀を振り上げる。

 ミノリは御月を見つめたまま動かない。傷だらけとはいえ、抵抗しようと思えばできるはず。しかし、ミノリはそれをしなかった。

 すでにミノリは御月の間合いの中に入っている。御月はいつでも一刀の元にミノリを切り伏せることができる。

「……」

「……」

 二人は涙を浮かべたまま無言で見つめ合う。

 一陣の風が吹き、二人の頬からこぼれた涙を吹き飛ばした。


 御月はカッと目を見開き、刀を振り下ろした。

 その時。


「そこまでだ!」


 二人の間に人影が割って入った。

 バチバチという激しい音と共に、御月の刀は動きを止められ、その衝撃が辺りの木々を揺らす。

「何であなたがここにいるの……大空おおぞらさん!」

大空は結界の中で、ミノリを守るように抱き抱えている。

「御月、お前の暴走を止めるためだ!」

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