第103話 【天才】

「お姉ちゃん……どうしたの?」

ミノリはおびえながらも、御月みつきの病室を離れることはなかった。

「私、作戦中にお姉ちゃんが倒れたって聞いて、心配になって来たの……」

ミノリはそう言って、一歩踏み出した。

「近寄らないで!」

御月は叫ぶ。そして、ベッドのシーツを引き寄せ、顔を隠すようにしてそれをかぶった。

 ミノリはその場に立ち止まり、御月もその後、動く気配はない。

 僅かな沈黙の後、最初に口を開いたのは御月だった。


「私ね……【天才てんさい】だったの」

「天才?」

「そう……。ねぇ御祈ミノリ、天才って、どんなイメージがある?」

御月の質問に、ミノリは答えなかった。

「天才って言ってもね、ものすごく頭がいいとか、そう言うのじゃないの。……ある特定の分野で圧倒的な才能を発揮できる、そんな人のことよ」

御月の言う天才の条件、それは彼女自身にも当てはまるものだった。

「大空さんの最近の研究で分かって来たのよ。特定の分野でのみ活躍できる天才って、本当にいるんですって。よく聞くでしょ? 将棋の天才とか、水泳の天才とか。そう言う人たちの研究を進めた結果、色々と分かって来たのよ」

「色々と……?」

「【天才】はね、そう言う特異体質なの。遺伝と、環境と、経験、その他にも多数の要素が絡み合って、一定確率で発現する特異体質。【天才】は、心が命じる一番強い欲求によって、才能を発揮する分野が決まるんですって。泳ぎたい人は水泳の才能が、将棋が強くなりたい人は将棋の才能が、それぞれ開花する。そして、そのために自分の能力を特化させるの。その結果、他のことは何もできなくなってしまうの」

「……何にも? どんなに頑張っても?」

「えぇ……。そしてね、そうまでして才能を特化させるエネルギーって、どこから来ると思う?」

「……」

ミノリは答えなかった。それは、答えが分からなかったからではない。今の御月の状態を見て、ある程度は察しはついていた。しかし、それを口に出すことができなかったのだ。そんなミノリを見て、御月は自嘲気味に言葉を続ける。

「才能を特化させるためのエネルギーは……その人の命よ」

御月は体を丸め、小刻みに一定の間隔で体を震わせながら笑う。

「クックックック……あはははは……あーっはっはっはっはっは!」

最後の方は、体をのけぞらせながら天井を見上げ、大きく口を開きながら大声で笑っていた。

「ねぇ御祈。私その【天才】なの! 【天才】なのよ? でも見て、今の私を。戦いの才能に命を使いすぎて、こんなにボロボロになっちゃった! あははははっ! 戦い以外に何もできないのに、こんなんじゃもう戦うことさえできないただの役立たずじゃない!」

そう言って、御月は笑いながら泣いていた。

「訓練もしていないのに急に強くなって、おかしいと思ったわ! そのまま調子に乗って、総天祭そうてんさいで優勝して、S級になって、隊長にもなって……そうやって私をいい気にさせておいて、このざまよ! あはははは! いい気味よね!」

「お姉ちゃん……私はそんなこと思ってないよ」

「あなたはいいわよね! あなたのその能力は、自分で努力して獲得したんだもの。私みたいにズルはしていない。あなたはそうやって、これからも自分の能力を、自分の意思と努力でどんどん伸ばして、変わっていける。でも私はそれができない。命を削って戦う以外に、【天才】である私は何もできないのよ!」

「……お姉ちゃん、違う、違うよ!」

「何が違うのよ? もう大空さんの研究で証明させているのよ? これは覆せない事実なの。……そうだわ」

御月は何か思い付いたようにつぶやいた。

「悪鬼は強い心に引き寄せられる。だったら、私がここで暴れれば、それに釣られてたくさんの悪鬼がやってくるはずよね……」

「……お姉ちゃん? 何言ってるの?」

「集まってきた大量の悪鬼を、隊長である私が全て倒す! そして私は命を使い切って華々しく死ぬの! 【天才】である私にふさわしい最高のラストだわ!」

御月は右手を高く掲げた。その指には、彼女の扱う真の武器が付けられていた。

らせ……月煌輪げっこうりん!」

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