御月の記憶

第102話 顔も見たくないわ

 御月みつきの手にした花がまばゆく光り輝く。その光は広がり、やがて、真一と御月の周りに御月の記憶の立体映像として浮かび上がる。


 見えてきたのは、八年前の御月の記憶。SOLAソラで初めての総天祭そうてんさいが開催された頃の記憶だった。

 御月は当時十歳であった。しかし、その実力は既に圧倒的だった。月煌輪げっこうりんによる破壊光線で、御月は全ての試合を一瞬にして勝利した。御月の派手な戦いぶりは観客からも大人気となり、聞こえてくる歓声は地面を揺るがす程のものとなっていた。御月はそのまま総天祭の初代優勝者となった。彼女はその栄誉えいよたたえられ、当時の最高階級であるA級を超える階級、S級の称号が与えられた初めての隊員となった。彼女の圧倒的な強さは、A級では収まらないとの判断をされた結果である。御月がS級となったのを誰よりも喜んだのは、御月本人ではなく、妹のミノリであった。

「お姉ちゃんすごい! たくさん強い相手がいたのに、全部倒して優勝しちゃった!」

そんなミノリをみて、御月も喜んだ。

「ありがとう御祈ミノリ。あなたのおかげよ」

「私のおかげ? どうして?」

「あなたが応援してくれたから勝てたの。あなたがいたから、私は戦えたのよ」

「そうなの? だったら私、お姉ちゃんがもっとたくさん勝てるように、応援するね!」

御月が総天祭で優勝したことで喜んだのは、もちろんミノリだけではない。雅輝まさき大智だいちも同じだった。そして彼らは、喜ぶと同時に自分たちも強くなりたいと思うようになった。

「私たちも負けていられませんね!」

「オレたちもすぐ追いついてやるからね!」

「訓練に行きましょう、大智さん」

「うん!」

雅輝と大智はそう言って、訓練場へと向かって行った。しかし、ミノリは彼らの後を追って、訓練場へと行くことはなかった。

「どうしたの御祈? 一緒に行かなくていいの?」

御月は不思議に思って、ミノリに声をかける。すると、ミノリは悲しそうにうつむき、消え入りそうな小さい声で答えた。

「うん……私、お姉ちゃんみたいに強くなれないんだって、大空おおぞらさんからそう言われた。だから、もう戦いたくない。だって痛いもん……」

御月は、戦いたくないというミノリの言葉の全てが、彼女の本心ではないことを知っていた。ミノリはいつも言っていた「私、お姉ちゃんの隣で一緒に戦いたいの」と。ミノリは、誰よりも御月と一緒にいることを望んでいた。そのため、必死に訓練を受けていたのだ。しかし、そんなミノリでも、今は自分の才能の無さに、心が折れてしまったのだ。

 御月は、俯くミノリと視線を合わせるようにしゃがみ、ミノリに語りかける。

「御祈。もしもあなたが、本当に戦いたくないと思うなら、お姉ちゃんはそれでもいいと思っているの。だって、戦うのって危ないでしょ?」

「……うん」

「でも、御祈はさっき言ってくれたわよね? 『お姉ちゃんがもっとたくさん勝てるように、応援するね』って」

「えっ? ……うん」

「御祈に遠くから応援されるのも私はうれしい。でも、私は御祈と一緒に戦って、ずっと隣で、一番近くから、御祈に応援されたいと思っているの」

「でも、私は戦えないし……足手まといだし」

「御祈は足手まといなんかじゃないわ。だってお姉ちゃん最強だもの。それに、御祈がそばにいれば、お姉ちゃんはもっと最強になれるの。どんな敵が相手でも、絶対に御祈には傷ひとつ付けさせないわ!」

御月は得意げな笑顔で、ミノリに対してガッツポーズをしてみせた。

「うふふ、ありがとうお姉ちゃん。お姉ちゃんが守ってくれるなら、安心だね」

そう言うミノリの表情には、笑顔が戻っていた。ミノリはさらに言葉を続ける。

「それに、お姉ちゃんだって、昔から強かったわけじゃないもんね。きっと、いっぱい頑張ったんだよね。私も、また頑張ってみる!」

「御祈と一緒に戦えるのを、楽しみに待ってるわ」

「うん! でもそうかぁ……応援かぁ……それならできるかも!」

そう言って、ミノリは訓練場へと向かって行った。



「ちょっと待ってください!」

真一は叫んだ。

「何よ、今いい所だったのに」

御月は不満そうに口をとがらせる。

「いい所だったのにじゃないでしょ。さっきから見てれば総天祭で優勝しただの最初のS級だの、ただの自慢話じゃないですか! あなたが羅刹らせつになりかけた時の記憶を見せてくれるんじゃないんですか?」

「これは重要な場面なの! 後々に影響してくるの!」

「本当ですか?」

真一は目を細め、疑うように御月を見つめる。御月は、真一の疑いに対して反論するようにまくし立てる。

「だって見たでしょ? ちっちゃい御祈、落ち込んだ御祈、その後の笑顔の御祈。もう何であんなにかわいいのかしら! 食べちゃいたいくらいね! 昔の私はよく耐えたわね……」

「えぇ……」

御月の度を越したミノリへの愛情に、真一は顔を引きらせる。

「まぁ、ちょっとは私の趣味も入っていたけど、これは本当に重要な場面なの」

本当にちょっとか? と真一は思ったが、口には出さなかった。

「私は、急に強くなりすぎたのよ。そして調子に乗っていたのね」

御月の言葉に、真一はどきりとした。強くなって、調子に乗っていた。それは、今の真一にも当てはまることだったからだ。

 御月は口調を落ち着かせ、真一に語りかける。

夜長よなが夏至げしの話は、前にしたでしょう?」

「えぇ」

「その時話を聞いていて、不思議には思わなかった? 何で勉強も運動もダメだった私が、急に心機しんきもなしに悪鬼と戦えるようになったのか、って?」

「それは……まぁ、思いましたけど」

「その疑問の答えを、見せてあげるわ」


 場面は切り替わり、今から四年前の御月の記憶が映し出される。御月は当時十四歳。既に御月は大空から隊長の座を受け継ぎ、名実ともにSOLA最強の戦士となっていた。しかし、映し出された彼女の姿は、隊長として華々しく活躍する姿ではなかった。  

 御月は病室のベッドで苦しそうに横たわり、体には点滴の管がつながれ、呼吸は乱れ、時折せき込んでは、吐血していた。大空と晶子あきこが中心となり、必死に御月の治療に当たっていたが、御月の症状が改善される気配はなかった。それでも長い時間がたち、ようやく御月の様子も落ち着いた頃、彼女の病室に一人の少女がやってきた。その少女は、当時十一歳のミノリであった。ミノリはお見舞いの品を抱えて、心配そうに御月を見つめる。

「お姉ちゃん……大丈夫?」

そんなミノリに対して御月は、ベッドの隣に置いてあった時計を投げつける。時計はミノリの隣の壁に当たり、ガシャンと音を立て、バラバラに砕けてしまった。おびえるミノリを、御月は鋭くにらみつけ、ガラガラにかすれた声で叫び散らした。

「出て行って! あんたなんか、顔も見たくないわ!」

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