第101話 精神世界

「ここは……?」

真一は、気がついたら見知らぬ場所にいた。そこは月明かりに照らされた夜の湖。真一はなぜか、その暗い湖の水面の上に立っていた。湖の水深はかなりあるように見えるが、体は決して水に沈むことなく、水面に浮かび続けていた。

「この感覚……どこかで……」

真一はここと似たような場所に、以前にも来たことがあったような気がした。しかし、そこがどこだったのかは思い出せない。

「どうやら、成功したみたいね」

背後から女性の声が聞こえる。振り返ると、そこには御月みつきの姿があった。

「御月さん! ここは一体どこなんですか? シミュレーターの故障ですか?」

真一は御月のそばに駆け寄った。

「うふふっ。そんなに慌てなくても大丈夫よ」

御月は微笑ほほえみながら答える。

「でも、制限時間が……」

そう言いかけて、真一はある違和感に気がついた。

「あれ……剣が、ない?」

真一が先ほどまで握っていたはずの剣が、真一の手元からなくなっていたのだ。御月の方を見ても、彼女はナイフを持ってはいなかった。この湖は、先ほどまで二人がいたシミュレーターの中ではないのだろうか。

「ここは私の。いわゆる、精神世界ってやつね」

真一の考えを察したのか、御月はそう答えた。

「精神世界?」

「そうよ。ここでは、現実での時間の流れは関係ないわ」

「心の中の精神世界なんて、そんなものが実在するんでるか?」

「あら、真一くんは行ったことがないの? 自分の精神世界に」

「あるわけないでしょう!」

「自覚がないだけよ。心機しんきは心を媒介にして魔力を生み出す装置だもの。使う時は精神世界への扉が開きやすくなるの。戦っている最中や、戦った後で、気がついたら知らない場所にいた、なんて経験はない?」

御月の言葉を聞いて、真一は思い出した。真一が初めて堅牢剣けんろうけんを使った学校での戦いの後。そして七志ナナシとの戦いの最中。真一は急に何もない無重力の白い空間に行っていた。

「あれは……僕の精神世界だったのか?」

「ふふっ。思い出したみたいね」

「いや、だとしてもおかしい! 僕が僕の精神世界に行くのはまだ分かる。何で僕があなたの精神世界にいるんですか?」

「シミュレーターでの戦いの最後。私と真一くんは同時に攻撃を受けたでしょう?」

御月の言葉を受け、真一はシミュレーターでの戦闘を思い出す。真一と御月は確かに、同時に攻撃を受けていた。

 御月は言葉を続ける。

「あなたの心がこもった攻撃を私が受けて、私の心がこもった攻撃をあなたが受けた。その結果、二人の心がつながったってわけね」

御月の言った理屈は理解できた。しかし、どうしても納得できないところがある。

「……僕たちがいるのが、僕の精神世界じゃなくて、あなたの精神世界なのは?」

「それはもちろん、私の方が強いからよ! ふふっ」

御月はまるで後ろにハートマークでも付いていそうな話し方をした。

 御月の言葉を聞いて、真一はがくりと肩を落とした。そんなことだろうとは思っていたが、実際に言われるとショックが大きい。

「でも……」

御月は急に口調を落ち着かせた。

「ここでなら誰に聞かれることもなく、時間も気にせず、思い切り話せるわね。真一くん。」

そう言って笑う御月の表情は、やはりミノリに似ていた。

「……と言っても、真一くんってあんまり自分から話すってタイプじゃないわよね。だから、ここは私からリードしないとね」

御月がそう言うと、暗かった水面が光り出した。そして、湖の中から無数の光る月下美人げっかびじんの花が現れた。

羅刹らせつは誰でもなり得る。以前に私はそう言ったわよね」

御月の言葉に合わせて、月下美人の花の一つが彼女の手元に移動してきた。

「見せてあげるわ。私の記憶を。私が、羅刹になりかけたときの記憶を……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る