第98話 まだ戦い足りないでしょう?

 余裕ぶったそのつら、ひっぺがしてやる。

 真一は堅牢剣けんろうけんを地面に突き刺し、高速移動で御月みつきに迫る。完璧な防御の姿勢を保っていた鋼太こうたとは違い、彼女の構えは隙だらけだ。

 天才だか隊長だか知らないが、一撃で終わらせてやる!

 真一は御月の左脇腹を目掛け、思いきり剣を振り上げる。御月はその様子を目では追っていた。しかし無駄だ。彼女が右手で構えたナイフでは、左側への防御は間に合わない。仮に間に合ったとしても、ナイフ一本では、真一の渾身こんしんの一撃を防ぎ切ることなどできはしない。確実に決まった。と、真一は思った。


「へぇ、このも悪くないわね」


 御月は真一の攻撃を受け止めた。見ると、彼女は右手に持っていたはずのナイフを左手に持ち替えていた。彼女はそのナイフで真一の剣の中心部分を正確に捉え、見事に動きを封じていたのだ。恐ろしく正確な判断、そして迅速な行動だ。

「クソッ……まだだ!」

真一は一旦引いて、体勢を立て直そうとした。しかし……。

「⁉︎」

真一の剣が、御月のナイフから離れない。押しても引いても、絶妙な力加減で返してきて、振りほどけない。それどころか、次第に真一が押され始めた。彼女の細腕のどこにそこまでのパワーがあるのだろうか。同じ女性の力でも、彩華あやかのそれとは違った。彩華の力は速さと勢いがあり、例えるならば、トップスピードを出したスポーツカーのようなパワフルな力だった。対する御月の力は、速さも勢いもない。しかし、低速で迫ってくるブルドーザーに対して腕押しするように、圧倒的な重さを感じた。御月はもがいている真一の隙を突き、ナイフを剣のつばに引っかけ、そのまま剣をはじき飛ばす。

 真一にもはや防御の手段はない。御月はナイフを握った手に力を込め、全力で斬りつけた。


「うわあああああ!」

右の肩から左の胴にかけてを切り裂かれ、痛みと共に真一はシミュレーターから排出された。

「はぁ……はぁ……」

現実世界に戻ってきた真一は、思わず自分の体を確認した。今はもう痛みはなく、傷も残ってはいない。しかし、シミュレーターで受けた激痛と恐怖は忘れられない。先ほどの一撃を実際に受けていたら、真一の体は間違いなく真っ二つになっていただろう。

『戻ってきなさい、真一くん』

どこからともなく、御月の声が聞こえてきた。真一はビクリとして周りを見渡す。すると、壁に取り付けられた大型のテレビに、シミュレーター内にいる御月の映像が映し出された。

『時間はまだ九分四十秒も残っているわ』

制限時間は十分じっぷんだった。つまり、真一はたったの二十秒で倒されたと言うことになる。

『どうしたの? まだ戦い足りないでしょう?』

画面の中の御月は真一を挑発する。当然、真一はこのまま引き下がるわけにはいかない。恐れも不安もあったが、迷っていては制限時間をいたずらに消費するだけだ。

「言われなくても、今すぐ行ってやるよ!」

真一は再びシミュレーターを起動させ、バーチャル空間へと入っていった。

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