第97話 初めて使う武器だけど

 シミュレーター内のバーチャル空間で、真一と御月みつきは向かい合う。周りの景色は総天祭そうてんさいの会場に似ていたが、決定的に違うところがあった。観客がいないのだ。あのやかましいまでの歓声も実況もない会場はひどく不気味で、記憶の中との温度差に身震いする。

 対する御月はというと、慣れた様子で落ち着いている。片足に体重をかけたリラックスした立ち方で、右手はゆったりと垂らし、左手は腰に当てられている。その様子が何だか気に食わなかった真一であるが、まじまじと見ているうちに、彼女の様子がどこかおかしいことに気がついた。

「何だ、それは?」

そう言って真一は、彼女の肩を指差した。

「あぁ、これ?」

御月の肩には、まるで天女の羽衣のような青い布がかかっていた。

「これはSOLAソラよ」

隊長の証と聞いて、真一は身構えた。強力な心機しんきを数多く持つ組織が作った物だ、どんな力があるか分からない。真一の疑いを察したのか、御月はふふっと笑う。

「安心して。この布自体に特殊な能力はないわ。ただのアクセサリーよ」

隊長の証であるその布は御月の動きとともにまるで重さを感じさせないようにゆらめき、光を受けて上品なきらめきを見せている。

 能力のないただのアクセサリーだと? 余裕こきやがって。

 真一は内心毒づいた。

 あんなひらひらした布を身に着けてまともに戦える訳がない。あの女、僕をめているんじゃないか? 天才だか何だか知らないが、コイツはずっと実戦から離れていた入院患者だ。何もないところで転ぶし、こぼさずにお茶をぐことさえ難しいほどに衰えているただの女だ。総天祭を勝ち進んできた僕の相手じゃない。

 真一は自分にそう言い聞かせていた。しかし、額からは冷や汗が流れ続け、呼吸は浅く、肩で息をしていた。それは、慣れない環境による緊張だけが原因ではない。御月は、立っているだけでただならぬ威圧感を発しているのだ。理性では負けるはずはないと考えていても、本能は御月を恐れている。真一の手は震えていた。

 本当に僕は、勝てるのだろうか……?


『あー、あー。聞こえるかー?』

キーンというハウリング音と共に大音量の放送が流れた。真一は思わず耳を塞ぐ。

『おっと、音量上げっぱなしのままだったぜ、わりーな』

「……鉄也てつやさん? どうしてここに?」

見ると、会場の巨大なモニターには、総天祭と同じように鉄也の姿が映し出されていた。

『どうしてってオメー、隊長に頼まれたからだよ』

「えぇ……」

『せっかく試合をするってのに実況がいねーとつまんねーだろ?』

「……っていうことはまさか」

『はい、私もいますよ』

モニターには、晶子あきこの姿も映された。

「晶子さんまで……」

『私は鉄也とは別件です。御月さん!』

晶子は御月の方を見て、口調を強めて彼女を呼ぶ。

『シミュレーターの使用は許可しました。ただし、条件付きで、です。忘れてはいませんね?』

「えぇ。試合の。それを過ぎたら、私はシミュレーターから強制的に排出される。これでいいわね?」

『その通りです。くれぐれも無茶はしないでくださいね。それに、制限時間を過ぎなくても、私が危険だと判断したら、試合はそこで終わりです! いいですね?』

「問題ないわ。じゃぁ真一くん。始めましょうか?」

そう言う御月の手元には、小型のナイフが握られていた。持ち手は両手で持つことができないほどに短く、刃渡も十数センチといったところだ。

「……あんたの武器、それでいいのか?」

御月が使用する武器は月煌輪げっこうりんという指輪のはずだ。しかし、今の彼女の手には指輪などはめられてはいなかった。

「問題ないわ。これで大丈夫よ」

そう言って、御月はナイフをブンブンと数回振った。

使だけど、これも悪くないわね」

その言葉で、真一は確信した。御月は完全に真一を舐めている。ヒラヒラしたアクセサリーを着けて、慣れない武器で、十分以内に真一を倒せると本気で思っている。そんな相手を、真一が許せるはずがなかった。

「鉄也さん晶子さん……試合開始の合図はまだですか?」

剣を構え、真一は怒りを込めたまなしで御月を見据みすえる。対する御月はゆったりと立ったまま右手をまっすぐ前に伸ばし、ナイフの切先を真一へと突き出す。そこから両者は一歩も動かない。それを確認した鉄也と晶子は互いにうなずき、試合開始の宣言をする。

『『シミュレーションバトル、始め!』』

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