第94話 何それダッサ……

「ちょっと真一、何よそのくま。まさかあなた、一晩中ゲームしてたの?」

そう言ったのは真理奈まりなだった。彼女が目を覚まし、居間まで降りてくると、そこにはカーテンを閉め切った真っ暗な部屋の中、一人でテレビのゲーム画面に向かう真一の姿があったのだ。真一がしているのはレベル上げ。つまり、同じことを延々と繰り返す単純作業だ。彼はそれを一晩中ずっとやっていたのだ。真一がゲームをするのが好きだと知っていた真理奈からしても、その光景は異常だった。流石に心配になった真理奈は真一に問いかける。

「昨日の試合で、何かあったの?」

「……別に」

真一はゲーム画面を見たまま答える。

「負けちゃったの?」

「いや、試合には勝ったんだ」

「えっ? なんだ、よかったじゃない。家を出る前はあんなに負けを覚悟していたのに」

「あぁ……」

「でも、勝ったってことは、次も試合があるんじゃないの?」

「そうだな。でも、もういいんだ。」

「もういいって?」

「辞めるからな、僕は……」

「えっ……何それダッサ……」

真理奈は心底軽蔑したように、わざと言葉を強調してそう言った。

「はぁ⁉︎」

そのあからさまに自分を馬鹿にした言葉に、流石の真一も立ち上がり、真理奈の方を向く。

「だってそうでしょ? 試合前あなた何て言ったっけ? 確か、『男には負けると分かっていても戦わなければならない時がある』だったわよね? そんな厨二ちゅうにくさい言葉まで持ち出しておいて、試合に勝ったのにもう戦わない? 激ダサじゃない」

「好き勝手言いやがって。理由を説明したところで、どうせ真理奈には分からないよ……」

「そうね、私にはあなたの気持ちは分からないわ」

「だったら……!」

「でも、あなたになら、多少は分かるつもりよ」

真理奈の言葉に、真一はハッとした。

「私、まだあなたに何一つ勝てていないから」

「……」

「あなたは私の目標。越えるべき壁よ。それはきっと、あなたに負けた人たちにとっても同じこと。その人たちだって、必死に練習してきたんでしょう? それでもあなたに負けて、さぞ悔しかったでしょうね。でも、だからこそ次はあなたに勝ちたいと思って、今まで以上に練習するはずよ。それこそ、死に物狂いでね」

真一は、先日の鋼太こうた彩華あやかの戦いぶりを思い出した。二人とも、総天祭で当たった時よりも戦い方に磨きがかかっていた。おそらく真理奈の言う通り、必死に訓練を重ねたのだろう。

「なのに、あなたに途中で辞められたら、あなたに負けた人はどう思う? 『自分はその程度の覚悟しか持たないやつに負けたのか?』って考えて、さぞ腹が立つでしょうね」

その程度の覚悟と言われたら、まさしくその通りだった。総天祭そうてんさいに臨む真一に覚悟などなかった。今まで戦った誰よりも、真一の思いは弱いだろう。それでも勝ててしまったのだ。

「でも……!」

真一は反論しようとしたが、それを予想していたかのように真理奈は言葉を続ける。

「でもまぁ、あなたのことだもの。辞めようと思うのにも、何か事情があるんでしょうね」

真一の事情とは何だろうか。自分の中の罪悪感を記憶と一緒に消してしまいたいだけ。それは果たして正当な理由になるだろうか。自分に甘いだけではないだろうか。

「私は、あなたが負けた人の気持ちに気づいてなさそうだから言っただけ。その上で、それでも辞めるって言うんなら、勝手にしてよね。そんな腑抜ふぬけたあなたは、私が速攻で追い越してやるだけだから」

そう言って、真理奈は部屋を出て行った。


 彼女が出て行った後の扉を見つめながら、真一は考えた。真理奈の言いたいことは理解できる。つまりは、今まで負けた人たちの分まで戦い抜けと、そう言いたいのだろう。確かにそんな考えは真一にはなかった。勝者には勝者の責任がある。それは真一が辞めたい理由よりも優先されるだろうか。真一にはもう分からなくなっていた。辞めても辞めなくても間違っている気がする。いっそ誰かに辞めないでとか、辞めろとか言ってもらえれば、その瞬間に決断できるのに。


 ピコン


 電子音と共に、真一の携帯端末にメッセージが届く。登録した覚えのない連絡先からだったが、真一はそのメッセージが誰から送られたものかはすぐに分かった。

『今日の十三時、私の病室に来て。あなたがいつも使っているゲートからつなげておいたわ』

 このようなことを連絡してくる人物は一人しかいない。SOLAの隊長、天川あまかわ御月みつきだ。

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