第92話 そんな自分が嫌なんだ

 鋼太こうた彩華あやかの戦いを見て、真一は歯を食いしばった。

 それは悔しさのせいだけではない。真一は心の底では思っていたのだ。鋼太と彩華は自分よりも下だと。総天祭そうてんさいで倒したのだから、自分の方が強いのだと。そのことを実戦でも証明したいと思った。

 ミノリとめてしまった今、そうでもしなければ真一は自尊心を保てなかったのだ。

 しかし現実はどうだろう。自分は実戦では役に立たず、それどころか鋼太たちの足を引っ張り、その情けない姿をミノリに見られた。

自分が変わったとか、成長したとか、みんなと仲間になれたとか、そんなことは全て都合のいい妄想だった。

 自分は孤独で、独りよがりの愚か者で、昔から何一つ変わっていない。 

「……っ!」

羞恥で顔が熱くなり、爪が手のひらに突き刺さるほどに拳を強く握りしめ、鼓動はバクバクと速くなり、視界が涙ににじむ。

「真一……」

それは真一の背後から聞こえたミノリの声だった。そのため、彼女の顔を真一は見ていない。しかし、彼女の声は悲しそうだった。その声の直後、ミノリがこちらに近づいてくるような足音が聞こえた。

 真一はビクリとし、そのままはじかれるようにゲートに向かって走り出した。

「待って! 真一!」

ミノリも真一を追って走り出す。

「あっ、真ちゃん! ミノちゃん!」

走り出すミノリを見て、彩華も後を追おうとした。しかし、その動きは鋼太に肩をつかまれたことで止められてしまった。

「ちょっと鋼太! 真ちゃんは今大変なんだよ⁉︎」

「そうだろうな」

他の者とは違い、鋼太は至って落ち着いていた。

「俺にも覚えがある。真一の心は今、壊れかけているのだろう」

「だったら……!」

「だが俺たちが行ってどうする? 優しく慰めてやるのか?」

「それは……」

そう言ってうつむいた彩華の頭に、鋼太はぽんと手を置いた。

「すまん、それに意味がないとは思わないんだ。だが、俺たちがそれやったところで逆効果だ。ミノリさんに任せよう」

「うん……でも、心配だな……」

「そうだな」

「もし、真ちゃんが本当にグレちゃったらどうする?」

「ふっ……グレる程度で済めばかわいいもんだがな」

鋼太は静かに笑った。

「その時は、俺たちがぶん殴ってでも正気に戻そう」

「うん! そうだね、そしてその後、ギューッて抱きしめてあげなきゃね!」

「絞め落とすなよ?」

「えー、今度はちゃんと加減するよー」

「できるのか?」

「……頑張る」

「ははっ。さぁ、俺たちも帰ろう。ミノリさんがうまくやると信じて、な」

「うん! ミノちゃんなら、きっと大丈夫だよね!」

二人は手をつなぎ、ゆっくりと歩いて行った。


 

 ミノリは全速力で真一を追いかけた。枝がれて手脚が傷つくことや、服が汚れることなど気にも留めない。ただひたすらに前を走る真一の背中を追い続けた。そしてついに、ミノリは真一の服の袖を掴んだ。

「真一!」

「……何だよ?」

そう言って振り向いた真一の姿は、ミノリ以上に傷つき、汚れていた。そうまでして必死にミノリから遠ざかろうとしていたのだ。

「離せよ……!」

真一は口調を強めてそう言ったが、ミノリはそれでも袖を離さない。

「真一、どこに行くつもりなの?」

「帰るんだ。元々そのつもりだったわけだし」

「大丈夫なの?」

「大丈夫なわけがあるか!」

真一は無理やりミノリを引きがした。

「お前見てただろ? さっきの戦いを見てどう思った!」

ミノリは答えない。

「一人で突っ込んで、いいようにあしらわれて、ピンチになって……ザマァ見ろだ……。ちょっと総天祭で勝ち進んだからって調子に乗ったらこれだ……」

「そんなこと、誰も思ってないよ」

「僕が、僕自身がそう思ったんだ……それに、それだけじゃない……」

「何があったの?」

「少しだけ……でも、本気で……鋼太さんと彩華さんを、殺したいと思ったんだ」

ミノリは息をみ、ぎゅっと手を握りしめる。

「最低だよな。助けられたって言うのにさ。勝手に恥をかいたからって逆恨みして、相手を殺したいとまで思うんだもんな」

「真一……それはきっと……」

「これも全部七志ナナシのせいなのか? みんなに相談したら解決するのか? だとしても……そう感じた僕の心は、本物なんだよ……僕は、そんな自分が嫌なんだ。嫌で嫌でたまらないんだ!」

「真一、大丈夫だから……」

「あんたのことも殺したいと思ったんだぞ!」

ミノリは驚き、目を見開く。

「僕が……あんたのことまで殺したいと思う。こんなに大切に思っている、あんたのことでさえ。……もう嫌なんだよ! これ以上みんなのことを嫌いたくない。だから僕は……」

真一は顔を伏せ、絞り出すようにつぶやいた。

「僕は……SOLAソラを辞める」

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